離れる二人の背中を見送ったノアさんは、こちらに向き直ると拍手をする。
「扱い慣れてるんだね。見事だったよ」
「そりゃどーも」
嫌味くさい台詞に肩をすくめ、お粥作りを再開する。卵味噌を作る俺の手元を見つめながら、ノアさんは口を開いた。
「コトラはもう、気づいてるの?」
「なにをですか?」
「僕がこの街を発つことさ」
「それは気づく云々の前に、ノアさんがそう主張してますからね」
トランクケースを抱えてなにを言い出すんだと苦笑する。
「……僕がもういなくなるから、コトラはそんなに冷静なの?」
「いいえ、違いますよ」
「じゃあ、レオのおかげ?」
「いえ、それも違います。まぁ玲央に久しぶりに会って、充電はできましたけど」
充電? と小首を傾げるノアさんの前に、仁さんがモスコミュールを置く。そのチョイスが仁さんらしくて、俺はくすりと笑みをこぼした。
目の前に置かれた注文もしていないモスコミュールを見つめていたノアさんが、ぱち、ぱちと瞬きをしてから仁さんを見るが、彼はもう違うカクテルを作りはじめているせいか、微妙に罰の悪い顔をしたノアさんは、そっとグラスを指でつついた。
「この店は、とても良いところだね」
「ここには来てなかったんですか?」
「そりゃあね、そもそもこの街に来るのも初めてだし」
「へぇ……え?」
聞き捨てならない台詞に驚く俺を、今度は逆にノアさんがくすりと笑った。
「ノアっていうのは僕の弟の名前。双子だからとっても似てるみたいで、動きやすかったよ」
「……それ、は」
「うん、ツカサは知ってるよ。そもそもコトラ、君は僕とツカサが敵対関係じゃあないことを、もう気づいてるんだよね?」
しばらく考えてから、ノアさんの問いに頷く。
隣にいた仁さんはそんな俺をまじまじと見つめていたが、がしゃんっと物音がしてそちらを向くと、
「……どういうことだ、それ」
「豹牙先輩……」
仁さんに買い出しを頼まれていた豹牙先輩が、呆然と立ち尽くしていた。
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