彼女が去ったあとの空気は異様なものだった。
悪いわけではない、きっと良いほうなんだと思う。だけどそれを言葉にして表すことは難しくて、見合うだけの単語が脳内にあるわけでもなくて――ただどうしようもなく、なにかにわめきたくなるような曖昧な感情がズシンとあぐらを掻いている。
焦った感情に急かされて志狼のほうを見ると、彼もまた、同じよう急かされたように俺を見ていた。
しばらくお互いの視線が交じり合ったあと、一度だけ目を伏せた志狼が呟く。
「……逃げてきたんだ」
「え?」
「ほん、とは……耐えられなかった、だけで。親の期待に応えたくて、でも自分が目指したいものとか、そういう色んなもんが混ざって、だから、俺は……っ」
勢いよく頭を振った志狼がこちらを見る。
「そういうプレッシャーに耐えられなくて逃げたんだ……っ! 相談できる友達だっていなかった、一人で抱え込むことしか知らなかった、相談して、親に失望されるのが怖かった……っ!
だから、そんなときに形だけでも友達だって思ってるアイツらに裏切られて、俺は……、俺は……っ!」
懇願するような必死な視線に感情が雪崩れ込んでくるのが分かる。
思わず握った手が想像以上に冷たくて、泣き出したくなった。
「形だけでも、友達だったんだ……。小虎と雄樹みたいな、馬鹿やれる友達じゃなかったけど、でも、友達だったんだ……。
分かってる。アイツらのせいにするのはお門違いだって、結局、俺が弱かったから……っ」
「……弱い?」
「そう、弱かった。だから、逃げ出すことしか選べなかった――選ばなかった」
握った両手が握りかえされる。
痛い、握りかえされた手が痛い。冷たくて、どこまでも刺々しいそれが、あまりにもはっきりとした激情だからこそ、こんなにも冷たくて――だけどそれ以上に熱いから。
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