葉擦れの音が聞こえる。ぼうっと向こう側を見ているのに、その景色がどんなものかを脳は認識していない。
病院の中庭にあるベンチの上で、俺と志狼は並んで腰を下ろしていた。手には、買ってもらったあの緑茶パックが握られている。
なにか話すべきなのだろうか。そう思惑することはできるのだが、どうやらそれ以上のことを処理するだけの容量が、今の俺にはないらしい。
「……」
「……」
ザァッと風に吹かれた葉が騒ぐ。はらりと数枚落ちていく様を捕らえた。
一瞬でも気を抜けば、まるで向こう側で泣きわめく子供のように、ありのままの自分が飛び出しそうだった。
「ね、君たち」
そんなとき、ふと後ろから声がした。
なにげなく振り向いてみれば、そこにはマリちゃんと呼ばれた看護師が、少しだけ苦笑を浮かべて立っている。
「魂抜けた顔しちゃって……、お疲れ様、とでも言えばいいのかな? まぁ、なんていうか……頑張ったね」
頑張ったね。その言葉が妙に胸を打つ。
普段なにげなく使っているありふれたはずの言葉なのに、今の俺には、いや、志狼にはそれだけが今まさに存在している言葉のように思えた。
「……梶原さんさぁ……元々は、目の見える人だったの。でもそれが見えなくなって……私たちからすれば、それって想像できても実際はそれだけ。なんにも見えない恐怖なんて分からない。
なのにあの人、孫が来るからって、毎日毎日……売店に行ってジュースを買おうとするの。いいリハビリになるからって……」
ついに心の中でくすぶっていたなにかが弾けた。向こう側で泣きわめく子供の声が、一層激しさを増す。
「愛されてるって、残酷な瞬間に気づくものよね。でもさぁ……その残酷な時間も、きっと必要なんだろうね」
そう告げた彼女が、少しだけ足早に子供の元へと向かって行った。
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