桜もち
朴訥とした語り口の哲学教授は、滔々と時事問題に対する哲学的見地に立った意見を述べ続ける。著名な哲学者の話を解説することなどなく、みなさんご存じの、という体でぶっこんで来るから調べないと理解が追い付かない。だけど、現代の時事にも言及できるような普遍性を持った哲学の論理はそれなりに面白いと思った。来週までに時事問題に対する自分なりの見解をレポートにまとめるようにと言われて、講義は終了する。面倒だけど、文字数が少ないのが救いだ。
「苗字さん」
「わ、孤爪くん」
話しかけられたことで、本当に哲学の講義取ってたんだと実感する。どうにも同じ教室にいるのがしっくりこなかった。
「今日このあと講義ある?」
「ううん。これで終わり」
「湿原の洞窟、クリアの仕方教えてあげられるけど、どう?」
「えっ、知りたい!お願いします」
ぜひ教えて欲しいと、コクコクと頷く。
「じゃあ行こう」
教室の扉に向かって歩き出した孤爪くんの背中を、荷物を抱えて慌てて追いかける。そのままキャンパスを出て、たどり着いたのは一軒の民家だった。
「ここって…」
「俺の家」
一人暮らししてる、と告げられ一軒家に!?と驚く。まさか家に招かれるなんて、と思うけれどここまで来ておいて今更帰りますとは言えなかった。
「おじゃまします…」
恐る恐る玄関をくぐり、彼に誘われるままに部屋に入る。そこにはまるで映画のスクリーンのような大画面とゲーミングチェアが置かれていた。
「…すごい」
「そう?」
「うん!こんなの初めて見た」
「ただのゲームするための部屋だから」
「ただの…」
規模が違うよ、と思ったけれど突っ込む勇気が無かった。私を人をダメにするクッションに座らせた孤爪くんは、ゲーミングチェアに腰かけてゲームを立ち上げる。実際にプレイして教えてくれるみたいだった。
「あ、そうだ。苗字さん甘いもの好き?」
「う、うん」
「もらい物の桜もち食べる?」
「いいの?」
俺あんまり好きじゃないから、と立ち上がった孤爪くんは隣の部屋に行き、高級感のある箱を持ってきた。
「あ、お皿いる?」
「ううん。大丈夫」
お皿を取ってこさせるのも忍びなくて、箱をそのまま受け取る。木の箱だと気がついて、ぱちくりとゆっくり瞬きした。これ、もしかして値の張るものじゃなかろうか。
パカッと開けると、やっぱりお高そうな桜もちが鎮座している。あの木の楊枝みたいのもついてるけど、名前がわからない。米粒が残っているこのタイプの桜もちって道明寺って言うらしい。つやつやした光沢が美味しそうだった。お上品じゃないけどひとつ手に取ってぱくっと食べてみる。ふわりとした桜の香りに上品な甘みが口に広がった。粒あんって皮の硬さがあんまり好きじゃなかったけど、この粒あん、皮が柔らかい上にうまみがある。
「美味しい…!」
「そう?よかった」
全部食べてもいいから、と孤爪くんはコントローラーを手に取る。ダンジョンを迷いなく進んでいく様子に、地図が頭に入ってるんだなぁと感心してしまった。
「苗字さん、ここ」
「え?」
「この岩の裏見た?」
「それって…宝箱があるところの岩?」
「そう」
「見てない」
「この裏にほら、」
「あっ!隠し通路!」
「ここからもっと奥に進めるよ。あの下の階層に行ける階段はひっかけ」
「なるほど…!ありがとう、孤爪くんってすごいね!おかげでなんとか進められそう」
そうお礼を言うと「別に、大したことじゃないよ」と目を逸らしながら言われる。照れてるのかもしれない。また何かあったら聞いてもいい?というと孤爪くんは頷いて連絡先を教えてくれた。どうしようKODZUKENの連絡先ゲットしちゃった。
帰り道、携帯で桜もちのお店を検索してみる。美味しかったから自分でも買おうかな、と思っていた。
「っ!?」
画面に表示された桜もちのお値段に目が飛び出そうになる。とても学生のお財布じゃ買えない。こんなのもらうって孤爪くんすごい人なんだなぁ、と改めて実感したのだった。
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