Funny


「やあ、ハルカ」







気が付けば私はベッドの上に一人横になっていた。
正確に言えば気を失っていたらしいが、その原因となる切り傷はというと、止血はされていたが顔以外の傷はそのまま残っていた。
わざと消さなかったのか、それとも消せなかったのかは分からないが……あの口ぶりから、後者だろうなぁと血が足りずクラクラする頭で考えた。
とりあえずこの部屋から出て、温かい飲み物でも貰いに行こうと厨房へ足を向けると、突然背後から声を掛けられた。




「……」


声を掛けられた私はというと、わけも分からず足から力が抜け、へなへなと座り込んでしまった。
短時間で見事な筋力低下だと、まあ、ふざけている場合ではない。そう、ただ単に腰が抜けたのだ。


「びっくりした。骨が無くなったのかと思ったよ」


声で誰かは分かっていたが、その姿を見てなんだかぞわりとしたものが背中に走った。
生理的に、というか、あんなことがあった後だからか……異性に対しての嫌悪感。そして少しの恐怖感。
始めての感情と感覚に、差し出された手を掴むことができなかった。


「……何かあった?」

「あー……いや。ありがとう、ジェームズ」


勘のいいジェームズのことだから、何か勘づいてはいそうだけど。
「そう」と言って手を引っ込めるジェームズに、少し安堵感を覚えた。


「……ハルカが出てくる数十分くらい前にさ、あいつらがここ──秘密の部屋から出てくるのをシリウスが見てね」

「……」

「会話を聞いていたら、ハルカのことを話していたからって。僕に教えてくれたんだ」

「……そう」

「ねえ、ハルカ」


名前を呼ばれ俯いていた顔を上げるが、目を合わせると双眸に囚われた感じがして落ち着かなかったので、またすぐに視線を下げる。


「君の騎士はね、あの二人でも──まして、シリウスの弟君でもないと思うんだ」

「は」


視線を上げた。
哀しそうに、けれど確かに勇気と……狂気を孕んだ双眸に、今度こそ囚われた。


「君が望めば、僕の名前を呼べば……僕が君の騎士になるよ」

「……」


ぱくぱくと、音を発しず口を動かしている私の姿は、さぞ滑稽だろう。
だって仕方がないじゃないか。こういうときなんて返せばいいのかを、私は知らない。
けど、これだけは知っている。


「ジェームズの、……ジェームズが守るべき相手は、リリーだと思う、……んだけど」


ジェームズとは、2年にあがるまではよく話していたから。
リリーに始めて会った時のこと、話した時のことを、嬉しそうに興奮して話す姿を覚えている。


「そう、それね。……うん、僕もそう思う。思うけど……リリーと君は、違うんだ」

「違う……?」

「リリーは確かに可愛い。可愛いし、天使だ。けど……可愛い、と、好き、は、違うと思わないかい?」


ただでさえクラクラする頭が、まるで脳味噌を振られているかのような頭痛がした。
吐きそうだ。


「……ね、今はまだ分からなくていい。僕も、君も。けど、僕は君を守りたいんだ」


そう言って力なく笑うと、私の頭を一回ぽん、と撫でて、反対方向へと歩いて行った。



私の生活が、私自身が。
私を取り巻く環境が。
大きく音を起てて、歪もうとしている。


そんな気がした。



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