あたしだけの約束




―――頭がボーっとする。何かを、どこかに置き忘れたように思うけど、その何かはもやがかかって見えない。




気がついたら時の縦糸の外に放り出されていた。
ここは何回体験しても慣れない。自分自身がなくなってしまうような感覚。

あたしはその中ではぐれてしまった相方の名前を呼ぶ。


(使い……《魔法使い》……っ!)


(魔法使いって誰?)


(あたしはなんでここにいるの)


考えがまとまらない奇妙な感覚に戸惑う。早くしなきゃ。そうしないとあたしという存在が消えてしまう。
考えることも難しい、かと言ってそれ以外には何も出来ない。あたしにはここから戻るための術を持っていないから。

焦りばかりが募る中、不意に辺りが明るくなった。
どこからか光が現れ眩しく輝いている。


(本当にあんたも物好きよねぇ)


その光からはあきれた声が、ううん、思惟が響いて、乱れていた思考がまとまる。
それは声の主、《女帝》の力で。


(誰が好き好んでこんなことするんだよ)


(あれ、違うの?そういう趣味かと思ってた)


(大体あんたこそ何でここにいるのさ?)


(ただの通りすがりよ、通りすがり)


(そう何度も通りすがってたまるか)


しかもこんな場所に。

(本当だってこんなところで嘘なんてつかないって。ちょっと用を済ませたからついでに寄っただけ)

そんな自殺行為しないよ、と笑う彼女の言い振りから察するに、

(それってあたしがいるって分かってたんじゃない)


(あー、もううるさいなぁ ほらほら、また押してあげるから早く縦糸の中に戻りなさい)


(戻れたらとっくに……?!)


ぐぐっと押されるような感覚。


「うわっ?!」


衝撃に出た声は空気を震わせていた。
内側へと戻ってこれたよう。
ただ、投げ出された身体はすぐには止まらなくてくるくる回りながら宙を舞う。


必死に手を伸ばして。掴んだ!と思ったぬくもり。

それは小さな手。幼い少女のものだった。
とは言え今のあたしの身体は時の縦糸の外に長時間いた代償か、30センチくらいに縮んでるから、大きく見える。


「「え?」」


慌ててあたりを見回す。
日は既に落ちかけていて辺りは橙色に染まっている。
ときは夕暮れ。それも道の真ん中だ。


目の前の少女は何回かぱちぱちとまばたきをしている。
やがてこちらをまじまじと見つめてきた。


「お姉ちゃんはなぁに?妖精さん?」


子供らしいストレートな聞き方に笑ってしまった。

さっき、思わず声をもらしてしまった理由。
それは、まだ7,8歳に見えるその女の子に見覚えがあったから。


(水元……頼子……)


少女は興味津々と言った風にこちらを見ている。
妖精……か。まるでカーシャみたい。
微笑ましくてとある少女の笑顔を思い浮かべたと同時に、蘇る悪夢のような光景。
ずきんと痛む胸。後悔。


「お姉ちゃん?」


暗い気持ちが表情に出てたらしい。心配そうにこちらを覗き込んでくる顔に笑顔を作る。
そう、この子はカーシャと違って幼くして死ぬ事はない。少なくともあと十年は普通の生活を過ごせる。“改変”が起きない限りは、絶対に。


「妖精なんかじゃないよ。あたしは……」


なんと言おうかと言葉が見つからず言い淀むあたしの声の上に、重ねるように言う頼子の言葉。


「天使のお姉ちゃんが言ってたよ、妖精さんがここに来るって」


「は、天使…?」


「白い服にまっしろな羽根のお姉ちゃん!」


彼女はわぁと両手を広げばたばたと上下に動かした。
多分、羽をあらわしてるんだと思う。

白い羽に白い服、と言ったら一人しか浮かばない。
さっき会った、あの女。
昔のあたしが気に入らなかった相手。
でも今のあたし、《女教皇》としてはそこまで反発しようとは思えないあの女。


(《女帝》……)


何考えてんだか。あたしを頼子の元に送るなんて。しかも手回し済みと来た。どうも胡散臭い。
《女帝》の動きはよく分からない。前にそう聞いた。
確かに、敵同士にも関わらず人間だったあたしを助けて、精霊になってからのあたしも助けて。
何が目的……?


「天使のおねえちゃん、いってたの」


そう前置いて《女帝》の言葉を伝えてくる。


『きっとその妖精さんは寂しい思いをしているから……だからね、頼子が励ましてあげて』


そう念を押して去っていったらしい。


「ありがとう、頼子」


「?」


言われたこととはいえ本気で心配してくれてる。それが分かったから心からのお礼の言葉を発する。
きょとんと不思議そうな顔をする。あたしが名前を呼んだから。


「励ましてくれた頼子に良い事教えてあげる」

「いいこと?」


不思議そうだった頼子の顔が期待で花が咲いたみたいに明るくなる。子供って大袈裟だなぁ。
あたしはくすりと笑みをこぼして口を開く。


「頼子にとってはずっとずっと未来の事。あなたが危ない目にあったら、《魔法使い》が守ってくれるから。何があっても」


「まほーつかい、さん?」


「うん、まほうつかい」


あたしの言葉は彼女の記憶には残らないだろうけれどこれだけは伝えたくて言葉を続ける。


「きっと、最初はいけ好かない奴って思うだろうけど、良い奴だから仲良くするんだよ」


言い切ってすっきりした。
肝心の当人はむー?と唸りながら一生懸命考えているけど。

その様子に思わずへにゃっと表情をくずした。


「頼子が、大きくなったら分かるよ」


そう彼女に伝えた直後。ぐにゃりと視界が歪んだ。それはあたしが元いたところに戻るっていう合図。


この子が無事あんたと会えるようにする為にも。今やれる事をやらなきゃ。


(またね、昔のあたし)









頼子は覚えていない→あたし(=《女教皇》)だけの約束
超マイナージャンル。運命のタロットシリーズ大好きです。
(2011.01.16)








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