十九

『人間どもの争いは激化の一途を辿っている』

出された冷や水を一口飲み下し、風間がその様な事を言った。
ナマエは目だけを上げて彼を見た。

薩摩の鬼である風間が何故京にいるのか、そして京で何をしているのか、今のナマエはその全てを知っていた。

知ってはいるが理解は示していない。
何故自分の代ではなく、遠い祖先が交わした約束・受けた恩に報いる為に、鬼よりも下等な人間に使役されているのか。

鬼は誇り高い者。
憎むものとして人間を見ているナマエは、そこだけはどうしても解らなかった。

睨むような目でこちらを見て来た彼女を一瞥し、軽く鼻から息を抜いて、風間はもう一度気怠そうに真正面を向いた。
視線の先で豆鬼たちが暑さなどお構いなしに元気にはしゃぎ回っている。

彼女の目が何を物語っているかは口にせずともはっきりしていたので、風間は敢えてそれを受け流し、自分の話を続けた。

『人間どもの争いに決着がつけば、俺達の為すべき事もじきに終わる』

『…そう。良かったわね』

風間が何を言わんとしているかも解らず、他に言い様が無いため、ナマエはそれだけを言葉にした。
するとそれまで表情を崩さなかった風間が、何かを見定めるように目付きを鋭くしてナマエの目をじっと見つめた。

『そうなれば俺はすぐに京を去り、西の我等が里に帰る。
…それが何を意味するのか、分かっているのか』

『何って…』

不意に真剣な眼差しを投げ掛けられ、ナマエは心の内を大いに揺さぶられた。
いつもは人を小馬鹿にしたような言動ばかりなのに、たまにこうして本気の思いをぶつけてくる。

狡い、と思いながらも今の言葉の真の意味を考えた。
心の端がじわじわと何かで滲む。
何か嫌な事を感じている時に、ナマエはよくこの感じを味わった。

(この感覚…何が嫌なんだろう)

使役からの解放。
外界から遮断された、人の目に触れない一生を穏やかに過ごす事が出来る同胞ばかりの里に帰る。
風間にとってそれは良い事ではないのか。

(でも、私は…)

それは風間の話であってナマエの話ではない。

風間が京を離れる。
それ即ち、今までの様に当たり前に会う事が適わなくなるという事である。

(あっ…)

それに気付いたナマエは、急に目の前が真っ暗になり、足元が崩れ落ちた様な気持ちになった。

口元を隠した手が微かに震えている。
風間と過ごす日々が失われる事は、今のナマエには何よりも怖い事だった。

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