十三
『わっ、訳の解らない事を言わないで!
誰がどうして貴方なんかの…!』
身を乗り出して抗議するナマエの言葉を風間は何処までも涼やかな目で受け止めた。
『喚くな。大声を出さずとも十分に聞こえている』
『……っ!』
色々と言ってやりたい事はあるのだが、ナマエはそれをすんでの所で飲み込んだ。
内心を目に映して、燃えたぎる炎の様な目付きで風間を睨み付けると、彼は憎らしい事ににやりと笑ってみせたのだった。
『強い力を持つ鬼の血からは強い鬼の子が生まれる。
最強と称される俺と、濃い妖の血を持つお前なら、さぞや優れた鬼の子が生まれるはずだ』
『子っ……!?』
あまりに次元の飛んだ話に、ナマエの白い頬はみるみる赤みを帯びていった。
唇を震わせ、彼女は瞠目して風間を見た。
『女鬼は貴重だ、我が里へ共に来い。
そして俺の子を産むが良い』
物凄い事をまるで歌でも詠むかの様にさらりと言ってのける風間の顔からは、感情の類いは一切見えなかった。
しかしそれは、彼がこれを冗談で言ってはいないという事を意味している。
ナマエは何かが喉で使えた様な感じがして声を出せずにいたが、ついに思いがそのつかえを押し出した。
『絶っっっ対にお断りよ!
女鬼は貴重だからだなんて、そんな理由、』
鬼の血が有るからとか、子を産めとか、ナマエの人格というものを一切無視した物言いに彼女は未だかつて無い苛立ちを覚えていた。
嫁に、と言われてから少しの間、微かでも嬉しく思ってしまった自分がいた事が、更に腹立たしい。
『…何だ。俺に愛されたいのか。
中々強欲な奴だな』
ナマエがむきになっていると見えるのか、風間は面白そうに目を細めて彼女を鼻で笑い飛ばした。
『ち、違うわよ!
何をどうしたらそういう考えに至る訳!?』
風間の思考回路はあまりにも独特過ぎて、どうにも会話がちぐはぐになる。
ナマエは自分の怒りが伝わらない事を心の底から嘆いた。
(この人の頭の中、どうにかならないのかしら…!)
激しく睨むと、今度は、近く夫となるものにその様な態度をして良いのか、と言われてしまった。
誰が夫よ!と叫んだナマエの声は遠くまで響き渡り、遠い山向こうでは雪崩が起きたという。
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