十二

『それより、』

茶の所望を無かった事にし、ナマエは会話の糸口を掴んだ。

『さっきの話の続きを早く聞かせて。
その為に貴方をわざわざ家に上げたんだから』

風間の方も別に大して茶が欲しかった訳でもないので、ナマエの求めに応じてやる事にした。
口をへの字に結ぶ彼女を一瞥し、それから囲炉裏の炎に目をやった。
火は上がっているのに全く熱を感じない、不思議な炎だった。

『…お前のミョウジというその氏が、何を意味しているのかは知っているか』

風間の問いにナマエは答える事が出来なかった。

彼女が両親と過ごした時はあまりに短く、本来伝え聞くべき物事はごく僅かしか得る事が出来ていない。
両親は、ナマエが成人した暁に話そうとしていたが、彼等はそれを果たす事無くこの世を去ってしまった。

返事をしないナマエの様子から答えが否である事を察し、風間は鼻から息を抜いた。

(本当は、)

ナマエは腿に乗せていた拳を固く握った。

(知っていて当然な事だったはずなのに)

父と母の今際の際(いまわのきわ)の様子を思い出し、ナマエは奥の歯を強く噛み締めた。
数年が経った今でも昨日の事のように思い出されて、悔しさで身体が震えた。

『東を代表する一族、雪村…』

滑らかな声で風間が切り出したその名前にナマエは反応した。
それは、知っていた。

『遥か昔、この雪村から分かれた幾つかの眷属があった。
…お前のミョウジという氏族も、その内の一つだ』

『!』

ナマエは弾かれたように風間を見た。

自分にあの雪村の血が欠片でも流れているとは思わなかった。
西の風間と対をなす、東の一族。

ナマエは失われた自分の一部を手に入れたような気持ちになり、胸が温かく感じた。

『…貴方、鬼の事に詳しいの?』

何の気なしに言ったその言葉に、風間は呆れた眼差しを投げ返してきた。

『戯けた事を抜かすな。俺を誰だと思っている』

ナマエは顎をつんと伸ばし、ふんと鼻を鳴らした。

『はいはい。西の鬼を遍く統べる風間家のお頭様だったわね。
それはどうも御無礼仕りました』

風間は膝に乗せた腕を折り、頬杖をついて盛大に溜め息を吐いた。

『やれやれ、嘆かわしい事だ。
その口の利き方…、どうやらお前には我が妻となるための躾が必要な様だな』

少しの間の後、ナマエは物凄い形相で風間を見た。

『はあっ!?』

聞き間違いかとも思ったが、確かに今、風間は“我が妻”と言った。

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