十
『ナマエ、』
一度ならず二度までも、今日会ったばかりの相手から下の名前を口にされ、ナマエは非常に不愉快になった。
『馴々しく呼ばないで』
ナマエが言い放つと、風間はあからさまに眉間に皺を寄せた。
『お前が二つ名で呼ぶなと言ったのだろう』
『私にはミョウジという姓があるわ!』
やれやれだと言わんばかりな溜め息を吐かれ、無性に腹が立ったナマエは声を荒らげた。
しかし風間はそれを完全に受け流し、鼻で笑い飛ばした。
『まあ良い。…今からお前の家に案内しろ。
此処は少し冷える』
『なっ…!?』
人の怒りを“まあ良い”で流した挙句、ふざけた事を平然と言い付けて来た。
ナマエがもうひと噛み付きしようとした所で、風間が腰にある刀の柄をひと撫でした。
『!!』
ナマエはびくりと震え、風間から距離を取ろうとした。
気付いた風間は意地悪な笑みを浮かべ、素早く彼女の腕を捕まえた。
『ふん。察しは良い方だと見える。褒めてやるぞ』
(だ、だから近いんだってば…!)
風間の顔が再び間近に迫り、本来感じるべき嫌悪や恐怖ではない、別の感情がナマエの胸を占めた。
背を反らせて精一杯距離を取りながら、風間の左腰を見た。
(あの刀から、何か嫌なものを感じる)
ナマエの目が己の刀に注がれている事を知り、腕を捉えたまま風間は身体を起こした。
『これは我が家に伝わる鬼殺しの刀…童子切安綱という。
先程は空気の刃に因る傷であったからすぐに塞がったが、直に傷を付ければ、半分とて鬼の血を引くお前ならばただでは済むまい』
『……どうして、それを、』
名前以外は己を一切明かしていないと言うのに、何故正体が解ったのかとナマエは思った。
『その話は後だ。先ずはお前の家に行くぞ』
風間はナマエの疑問に対する答えをくれてはやらず、その様に言った。
暫く呆気にとられた後、招くなんて言ってないのに、と呟きながらナマエは唇を尖らせて渋々風間に背を向けた。
刀で斬ると脅しはしているが、恐らくこの男は絶対に自分を傷付けたりはしないだろう。
不思議とそう確信が持て、ナマエは素直に風間を案内し始めた。
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