夜更け。
すっかり白粉をはたいたようになった辺り一体は、ナマエを中心に雪明かりでぼんやりと白んでいた。
今頃は京らへんも雪がちらついているだろうと彼女は思った。

舞い終えて、髪をかき上げながら稜線を見やる。
月のない暗闇では彼方まで見渡す事が出来なかったが、それでもナマエは長い事ぼんやりと向こうの方を見つめていた。

(塒(ねぐら)に帰ろう)

下から吹き上げる風の向きが変わって、ナマエのたっぷりとした髪が後ろへ流れた。
いつまでも此処でぼんやりしていても仕方がない。

ただの草履であるにも拘らず、彼女は踵を返すと軽い足取りで山を下り始めた。



足場も見通しも悪く、人間が恐れて近付かない様な場所にナマエの庵(いおり)はひっそりと建っていた。
此処ならば大嫌いな人間に見つかる事もなく、喧騒に巻き込まれる事も無い。

真っ暗な中、引き戸を開けて屋内に入り、

『ただいま』

誰もいない家の中に向かってナマエは声を張ってそう言った。
すると。

板の間の囲炉裏が独りでにぱっと明るくなり、奥の方から何やら騒がしい声とたくさんの小さな何かが走り回る様な音が聞こえてきた。

その有様を認め、ナマエは柔らかく表情を崩して中に上がった。

彼女は独りではあったが、独りぼっちではなかった。
強い妖力を持つナマエのもとには、自然と下位の妖怪が集まって来るのだった。

囲炉裏に火を入れて明るくしたのは埋み火擬き(うずみびもどき)、奥から走ってやってきて、ナマエの足下でぴょんぴょん跳ね回っているのは豆鬼(まめおに)と呼ばれる、それぞれ力の弱い妖怪だ。

ナマエが肩に羽織っていた肩掛けを古びた几帳へ放ると、横木の両端が腕の様に動き出し、彼女が何の気なしに引っかけた肩掛けをぴんと伸ばして帳(とばり)の真ん中に綺麗に干した。

『有難う、化け几帳』

ナマエが微笑みながら言う。
化け几帳と呼ばれた妖怪は、何だか恥ずかしそうに横木の両端をくねらせた。

ナマエが座布団に腰を下ろすと、豆鬼たちが彼女の肩や膝に乗って戯れついてきた。
手の平ほどの彼等を撫でてやっていると、何処からともなく怒った様な猫の鳴き声が響いてきた。
その声は、ナマエには言葉として意味を持って聞こえていた。
彼女は妖怪達の声無き声が解るのだ。

『そんな事言わないで、紫猫(むらさきねこ)も降りてらっしゃいな、』

ナマエが声を掛けると、ややあった後に、どすん、という重いものが落ちる音がして、埋み火擬きの明かりが届かない暗闇から紫色に透けた猫の形をした影が現れた。

豆鬼達がきゃあきゃあと喚きながらナマエの背中に隠れる。
彼女の前までやってきた紫の猫の影は、彼女の背丈より遥かに大きく、この狭い板の間いっぱいに体の幅があった。

『すっかり遅くなってしまって。本当にごめんなさいね』

ナマエがそう言うと、紫猫は甘える猫と同じ様に額を彼女へこすりつけた。
少し後ろによろけながらも、ナマエはその額を両腕で抱き留めてやった。

行く先行く先でこういった存在に囲まれて過ごしたため、ナマエは独りでいても寂しさを感じた事はなかった。

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