少女は、雪華の舞を舞う。
その指先に、綿雪が集っては散ってゆく。

(良い天気)

およそ常人が良いと思わない息が詰まる様な曇天を見上げて、少女は心からそう思った。



日の本の西寄りにある山の頂きに程近い場所で、空に向かって空気を抱くように両手を伸ばす。
一つ息を吸い吐きし、少女は優雅にくるりと回転した。

楽も歌も、そして人も無いこの場所で、少女…ナマエは一人で舞っていた。
彼女の舞に呼応する様にして、やがて灰色の空から雪がちらつき始めた。

この雪はやがて麓の里を白で覆い、そして京にも届くだろう。
彼女は鬼を父に、雪女を母にと、妖(あやかし)の血を持つ者。
人間から恐れを以て雪鬼姫(ゆきひめ)と呼ばれていた。

この辺り一体に雪が積もるのは、彼女が雪華の舞と呼ばれる一族秘伝の舞を舞うからであった。
舞う事に理由はない。
彼女の本能がそうさせるのだ。

もとは北の育ちであった彼女だが、人間の迫害に遭って南へ西へと逃げて来た。
雪女の血を持つ身には暖かさは辛い。
それでも人間に命を奪われるくらいならと、北の地を捨てて今日まで生きて来たのであった。

(人間など、根絶やしになれば良い)

舞いながらナマエはそんな事を思った。
父と母を殺した人間の顔は、今でも忘れない。

彼女の妖力は比類なきものであるが、人間を根絶やしにする程の力は無い。
里に戻って父の血族や母の眷属に声を掛け、総出で事に当たればあるいは、とも思う。

しかし、ナマエの血筋の者は全て離散しており、消息は不明である。
今となっては不可能な話になってしまっていた。

(歯痒い)

手首をしならせ、神経を注いだ指先に柔らかい弧を描かせて雪を呼びながら、ナマエは眉間に皺を寄せた。

ナマエは独りであった。

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