十六
斎藤君は私を手に入れた事に満足したのか、私を抱えたままテレビを見ていた。
時々お酒を嚥下する音が彼の胸に寄せた耳からダイレクトに聞こえてきて、何だか面白い。
テレビの音を何処か遠くに聞きながら、私は斎藤君の心音に耳を傾けていた。
一定のリズムでゆっくり、命を刻んでいる。
それが凄く耳に優しく感じられる。
ふ、と視界に影が差し、前髪が持ち上げられた。
何だろうと顔を少しだけ上げると、額に柔らかなものが当たった。
『…』
キスされたのだ。
額から離れた斎藤君と目が合う。
何だか急に照れくさくなってしまい、私は誤魔化すように笑った。
斎藤君も釣られたように笑い、前髪を撫でた手で今度は私の顎を持ち上げた。
近付く気配に自然と目を閉じると、そっと重ねるだけのキスをされた。
『?』
意外にあっさり離れた事を不思議に思って目を開くと、私を見下ろしていた斎藤君が少し吹き出して笑った。
『物足りない、といった顔をしているな』
『えっ』
拙い。顔に出てたみたい。
慌てて両手で包むように両頬を隠して、私はそのまま俯いた。
『隠さなくて良い。…俺も少し、そう思い始めていた』
『!』
弾かれたようにもう一度頭を上げると、斎藤君は私を抱えてわきにずらした。
『風呂が沸いた頃だろうと思う。…先に行って来る』
『あ、うん』
いつもの行動パターンを思って私は自然とそわそわし始めた。
お風呂に入ったら、後はもう寝るだけ。
でも実際は寝てしまうのではなくて、何というかまあ…そういう事だ。
私に背を向けてさっさと行ってしまった斎藤君は一見素っ気ないけど、私には彼からお花と音符のエフェクトが見える。
足取りも軽い。
ああいう可愛い所もあったりするから、私はあの人に夢中になってしまうんだなあなんて。
最後にエビチリをふたつまみして、食べ残したお惣菜の片付けをする。
これらは明日の朝…いや、お昼ご飯になるだろう。
洗い物をしてテーブルを綺麗にして、少しテレビを見ていると浴室のドアが開く音がした。
『…待たせた』
『ううん、平気』
バスタオルで髪を拭いながら戻ってきた斎藤君は、頬が少し上気してて何とも色っぽい。
次は私がお湯を貰う番。
片付けは済んでるよ、と伝えて、私はそそくさと浴室へと逃げた。
あのままじゃ斎藤君の色気に当てられちゃうからね。
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