午後になってから少し風が出て来た。
開け放してある戸から、風とともに新緑の爽やかな香りがする。

明日の為に準備した荷物の確認をしていたナマエは、一度その手を止めて外を見た。
視線の先には、家風を体現したような威勢の良い庭が広がっている。

…匡様と初めてお話ししたのも、初夏の風が薫るこんな季節だった。

人知れず口元を綻ばせ、ナマエは束の間過去に思いを馳せた。
あの時は、今の様な生活を送る事になろうとは夢にも思わなかった。
毎日好きな事をして一人気ままに生きて、しかし寂しく、死んでいくのだろうと思っていた。

それを壊したのがあのお人だ。
勿論、良い意味で。
そのお陰で自分は今、喧しい程明るい家族を築く事が出来た。

ふ、と息を吐いてから再び手元に視線を落とす。
大きく広げた風呂敷の上には、相手方に差し上げる土産や幾枚ものおしめ、その他細々としたもの。

明日、ナマエと不知火、そしてお喋りを覚え始めた可愛い息子の三人は、薩摩にある西の鬼の頭領のもとを訪れる。
ナマエが作っている荷物はその為のものだった。

中央に寄せて、綺麗に包む。
最後に端を絞って結ぼうとした時に、何か陶器のようなものが破壊される音が聞こえた。

あ、と思った次の瞬間、たくさんの鬼達の悲鳴に似た叫び声が響き渡った。

腕白小僧な息子は、毎日何かをやらかしては臣下たちの頭を痛ませている。
ある時は伝家の何かを壊し、またある時は障子という障子をぼろぼろにして回る。

昔を知る老いた重臣などはぐったりした様子で、まるで幼い時のお館様のようだ、と言う。
それを聞いた息子は褒め言葉だと思うらしく、胸を張って誇らしげに笑うのだ。

少々やんちゃが過ぎるが、自分にとっては愛しい愛しい子どもである。
どれ、少しお灸を据えようか、と徐に腰を上げる。

『っ、』

長い事同じ姿勢でいたせいかもしれない、腰がひどく痛んだ。
立ち上がって伸びをして、帯をよけて腰を叩く。

立眩みが起こったが頭を振ってそれを払いのけ、ナマエは廊下へ一歩を踏み出した。

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