一
薄暗くて気が滅入る、というたくさんの社員達の声を受けて全館LEDになったうちの会社の電灯は、真昼でも夜でもとても明るくなった。
そんな中、なんか気が散るな、と思ったのがきっかけだった。
周りのパソコンのキーを叩く音や誰かが小声で話し合う囁きが耳に障るようになってきて、私は集中力が切れたのだと気がついた。
こうなってしまっては一度リセットしないと再び集中する事は出来ない。
机の隅に置いてある、ストレスを減らす成分が入ったチョコのボトルを手にして、逆さにして二三粒を手の平にあける。
それを一気に口の中に放り込み、ゆっくり咀嚼しながら私は背凭れに身体を預けた。
あとちょっとなんだけどな…と思いながらすっかりオフモードになった頭でぼんやりと画面を見つめる。
四角の枠の中には、他人が見たら訳の分からない棒グラフや折れ線グラフが描かれていた。
九割方完成はしているのだ。
あとは誤字脱字がないか確認して、手元のデータと入力した数字に間違いはないかを確認して仕上げるだけ。
こないだ桁を一個間違えて会議で大恥を晒したばかりなので、このチェックはしっかりやらねば。
この惚けた頭じゃ駄目だと思った私は、空になったマグカップを持って給湯室へ向かった。
あっつい紅茶でも飲もう。
『…』
私の手元にはマグカップが二つ。
途中で千ちゃんに腕を掴まれて、無言で彼女のカップを握らされたのだ。
ジト目で彼女を見ると、千ちゃんはわざとらしいウインクをして、宜しく!と言った。
…私にもお茶を淹れてこい、という事だ。
ヤカンを火に掛けながらシンクに寄り掛かってケータイを弄る。
メールフォルダから“斎藤君”を選んで開くと、念のため周りを見渡して、誰の目もない事を確認した。
ケータイ見てニヤニヤしてる所なんて、誰にも見られたくない。
…でもメールは見たい。
私は溜め息を一つ吐いて、少しでも顔が緩まないように唇をギュッと引き結んだ。
新しい順からメールを読み返していく。
“じゃあ、また会社で”
“おはよう。昨日はよく眠れただろうか”
随分簡素だけど、こんな文面でも斎藤君の愛なのだと感じられる私はかなりの恋愛重症者だろう。
彼氏になっても、斎藤君はあまり変わらない。
今朝のやり取りを読み返しながら、私は口元をむずむずさせた。
駄目だ、早くも危ない。
“あまり夜更かしはするな、身体に障る。おやすみ”
“詳しくは明日会った時に話そう”
順番に開いていったその次のメールを見たとき、私の顔はついに崩壊に至った。
“ナマエに何も予定が無いのなら、明日仕事が終わった後、俺の家で酒を飲まないか”
そこにはそう書かれていた。
今日は金曜で、明日は休み。
シャイな彼は絶対明言しないけど、家飲みのお誘いはそのままお泊まりのお誘いだった。
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