二十三

不知火夫妻が広間を後にして、この場には風間とミョウジが残った。
しんと静まり返ったこの部屋に、二人の身動ぎする音と外の地虫の声が良く聞こえた。

最後の一本となった銚子を風間の杯に傾けつつ、ミョウジは夫に話しかけた。

『お似合いなご夫婦ですね』

妻の何処か弾んだ声に、風間は手元から一瞬ミョウジへと視線を外した。
そして僅かに口角を上げ、全くだ、と言った。

『あれに付き合えるとは、あの正妻も似た気質を持っているのだろう』

あれとは、先程不知火が三味線の音色に合わせて舞を舞った事を指している。
その様子を思い出し、ミョウジは口元を隠してくすくすと笑った。

『あの音と舞は、本当に息が合っていました』

その言葉には答えず、風間は満たされた杯に唇をつけた。
湿らせる程度を口に含み、口内に香りを広げてゆっくりと嚥下した。

『…』

酒の残る杯には燭台の火が映り込んでいる。
少し揺れる水面を見つめていると、隣にいるミョウジが鼻歌を歌い始めた。

伏せた瞼に睫毛の影が出来ている。
腹の子をあやすように手を当てて、緩い動きで身体を揺すっているその姿は霊妙なもののように感じられた。

『…』

これはナマエが演奏した地唄か、と風間は思った。
温かく柔らかい声でミョウジが歌うのを聞きながら、風間は杯を空にして束の間目を閉じた。
ミョウジの歌声は耳に優しく、目を瞑っていると小波のように心地よい眠気が寄せてきた。

『…千景様?』

風間が眠ってしまったものと思い、ミョウジは歌うのを止めて夫に近付いた。
膝元にそっと手を置くと風間は目を開いた。

空ろな眼差しがミョウジを捉える。
何とも色気のある紅の目に、ミョウジは瞬間動けなくなった。

『…』

己の膝に乗せられた妻の手を取ると、風間はミョウジに身体を寄せた。
応えてミョウジが顔を上げると、風間は触れるだけの口付けを落とした。

『…お酒の味がします』

『散々飲んだ後だ、仕方あるまい』

面映ゆそうに微笑んで囁くミョウジに、風間が浅く笑って言葉を返す。
ミョウジの頬に掛かった髪を耳にかけてやりながら、風間は彼女に寝る支度をしてくるよう言いつけた。

明日も賑やかな一日になるに違いなく、それを思うと何処となく心が楽しくて落ち着かなかった。

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