十九

母の言いつけ通りに足を洗い、三つ子達は廊下をせかせかと急ぎ足で歩いていた。
走るとまた父に叱られるからだ。

『千賀、母上達がどのお部屋に入ったか解る?』

早歩きをしながら千瀬が姉に尋ねる。
千賀は眉をひそめて小さく唸った。

『うーん、』

一瞬だけ目を閉じ、千賀はすぐに或る一点を指差した。

『…こっち!』

ミョウジに似て、三つ子の中では長女が一番気配読みに優れている。
千束と千瀬は速度を上げた彼女の後を必死に追った。

『!』

気配のある部屋の近くまで来ると、中から弦を弾く音が聞こえてきた。
ミョウジが演奏をしているのだ。

『(静かに!)』

早歩きをやめ、後ろの二人を手の動きで牽制する。
二人が慌てて足を止めたのを見て、千賀は身振りと口の動きだけで言葉を伝えた。

『(ナマエ様が三味線弾いてるから、静かに!)』

掠れた息を声の代わりとし、とにかく中にいる母達の邪魔をしないように気を配った。
三つ子は互いの顔を見合わせて、大きく頷きあった。

千束が代表で障子を開ける。
恐る恐る中を覗くと、とうに気付いているミョウジと目が合った。

『っ!』

千束が目を丸くすると、母は優しく笑い掛けてくれ、中へ来るよう手招きをした。
それに気付いたナマエも、演奏しながら開いた障子の隙間を覗いた。

『遠慮なんてせずに、どうぞお入りなさいな!』

快く迎えられると中に入りやすい。
兄である千束を先頭に、三つ子はいそいそと室内にやってきた。

母の側に三人並んで正座をする。
その行儀の良さに、ナマエは風間家の仕付けの質を思った。

『…』

食い入るように自分の手元を見る子ども達に笑みを零して、ナマエは再び己の中に意識を戻した。

…音が楽しい。

ナマエは目を伏せて口元を緩ませた。
撥で打った時の鳴りが何とも言えず気持ち良く、響きや鳴きまでもが素晴らしい。

軽く曲の流れをなぞるだけのつもりでいたが、弾いていくうちに、気付けば本気で奏でている自分が此処にいた。

最後の音を弾いて、ナマエはその格好のまま動きを止めた。
この場の誰もが同じように動かなかった。

やがてゆっくりと腕を下ろし、ナマエが礼を述べて頭を下げると、ミョウジ達は術から解かれたかのように一斉に拍手をした。

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