葉を踏む音以外に聞こえるのは、たまに響いてくる楽しそうな妹の声だけである。

『…』

『…』

無言で歩く自分の斜め前を、同じく父が無言で歩いている。
別に、この空気を苦痛には思わない。
静寂は彼女の好むところである。

しかし長女は、父が先程から二言三言しか言葉を発しない事を流石に疑問に思い、一体何をお考えなのかと、首を大きく傾げてその顔を見上げた。

ぼんやりと童心(わらべごころ)に、彼女は父を綺麗だと感じた。

自分に良く似た父の金の髪は、時折葉を透けて注ぐ陽の光に照らされて煌いている。
鼻筋や顎はすっと通り、美しく整っている。
ただ紅の眼だけは、真ん丸の自分と違い、何かを見据えるように鋭い。

千賀はそれらを漠然と、綺麗だと感じていた。



娘の視線に気付いて、風間は彼女を見下ろした。
一体何を考えているのか、表情の読めない顔でこちらをじっと見ている。

『前を見て歩け』

さもなくば今に転ぶぞと、短く、しかし柔らかな声音でそう戒めると、千賀は慌てて前を向いた。
やんちゃな次女と違い、長女は従順である。
それがこれの美徳であると、風間は僅かに目を細めた。

自分の左手と、千賀の右手は繋がっているので、万一娘が躓いても手を引いて助けてはやれる。
だが、自分の右手は今、千賀が先程差し出してきた枝付きの団栗で塞がっていて、抱き上げてやる事が出来ない。

風間は右手にある物を改めて繁々と見た。
枝には大小二つの団栗が付いている。

それを見ながら先刻の会話を思い返した。



自由に歩かせていた三つ子のうち、長男は遅れて歩く母のもとへ行き、次女は乳母を引っ張る様にして何処ぞへ走っていった。
千賀は風間のもとへ寄ってきて、特に何を話す訳でも無しに暫く並んで歩いていた。

そうしている時、不意に屈んで手にしたものを差し出してきたのがこの大小の団栗だ。

『ちちうえ、これを』

そう言って千賀は細い腕を遠慮がちに掲げ、己を見上げている。
自分にくれようというのだろうか。

やや瞳が震えているように見えるのは、受け入れられるかどうかを不安に思っているからだと推し量る。
風間は何故の行動なのかが解らなかったが、黙ってそれを受け取った。

枝から団栗が取れないように、千賀の指から優しくつまみ取ると、少しの間じっと見つめ、いつもの調子で、ふん、と言った。
その際、安堵したのか千賀が少し笑ったように見えた。




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