『ミョウジさん、』

怖々とした千鶴の声が耳に入り、ナマエは我に返った。
やや驚いた顔をそちらへ向けると、千鶴は優しい笑みを浮かべていた。

『ご飯、頂きました。ご馳走様です』

膳へ目を移すと確かに全ての器が空になっていた。
千鶴の箸の進みはあまり早くない。
食事を始めたのはつい先程ではと思ったナマエは、それに気付かぬ程随分深く考え込んでしまっていたのだと反省した。

『申し訳ございません、話相手になる事が出来ませんでしたね』

千鶴の側へ寄り、膳に手を掛けつつナマエが詫びた。
千鶴は前に食事時のお喋りが楽しい、と言った事があったのだ。

『いえ!そんな、謝らないで下さい』

慌てて首を横に振り、素直な感情を表す彼女に少し心が和む。
ナマエは目元を和らげて千鶴の顔を見た。
視線に気付いた彼女はこちらの目をじっと見つめ、あ、と言った。

『やっと笑って下さいました』

『?』

良かった、と言って胸を撫で下ろすその言動の意味が解らず、ナマエは、何が良かったのですか、と尋ねてみた。

『ミョウジさん、今日ずっと難しい顔されてたから、どうしたのかなって思ってたんです』

何と。
千鶴に指摘される程自分は心情が顔に出ていたというのか。

『それ程難しい顔をしていましたか』

『はい。…今も、少し表情が硬いです』

言いながら、千鶴は無邪気にナマエの両頬を手の平で包んだ。
ナマエは目を丸くした。

『お仕事、頑張り過ぎないで下さいね。
どうか身体を大事になさって下さい』

最後に特別可愛らしい笑顔を添えられる。
ナマエはどうしたものかと戸惑った。

この子は私が仕事に疲れ、悩みがあると思っている。
勿論それは見当違いである。
だが、私を案じ、こうして笑顔を向けてくれている。
その気遣いを無下にする訳にはいかない。

先程は島田さんにも余計な心労を与えてしまったし、どうも近頃の私は心を上手く制御出来ていない。

『…御心配をお掛けし、申し訳ございません』

ナマエはたくさんの思いを内側に仕舞い込み、少し笑ってただ一言だけを述べた。
これ以上誰にも心配をかけまい。
ナマエは自分の心を奥底に沈めて、笑顔という能面をつける事を決意した。

とりあえず笑んでさえいれば、自分が負の感情を抱いているとは思われない。

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