『あらあ!いややわお客はん、うちの好みやわぁ!』

やや緊張した面持ちで座敷で待機していた山崎は、現れた芸妓の第一声に度肝を抜かれた。
“はんなり”とは随分縁遠いその芸妓の空気感に固まって動けなくなる。
思い描いていた像と大きく異なり、何と言うか、外れくじを引かされたような気分になった。



色々としきたりの多いこの花街で、一見である山崎が“遊ぶ”事は容易ではなかった。
予め土方から指示されていた通りの手筈を踏み、何とか座敷に上げられて、現在に至る。

支度金は十分に与えられているが、これはお財布事情の厳しい隊から捻出された金子である事には変わり無い。
様子見も兼ねて一番安い置屋から呼んで欲しい、勝手が解らないので其方に任せる、と言った事が間違いだったように山崎には思われた。
金を握らせた男衆の目が途端に輝いた事を山崎は見抜いていたが、此処で引いては余計怪しまれると考え、喉まで出掛かった“やはり待ってくれ”という言葉を飲み込んだのだった。
同じ素性の知れない怪しい一見ならば、金を出し渋る客より、金回りの良い客の方がまだましだろう。
いやしかしそれにしても、握らせた額が少し多すぎたのかもしれないと、小走りで去っていった男の背中を見て山崎は溜息をついた。

下調べが足りなかったなどと言ったら師であるナマエに何と言われるだろうか。
苦笑しながら自分の正座した膝の辺りに目を落とす。
今はいつもの野袴では無く、馬乗袴を着用していた。
当然上着も変えてある。
現在彼は武士に変装しているのである。
新選組顔馴染みの髪結い床で支度をさせてもらったのだが、任務の為と解っていても左腰に大小を差した際はやはり感慨深いものを感じた。



一人で来るものと思っていた芸妓が三人もやってきた事にまず驚いたのだが、挨拶も早々に山崎の周りを取り囲んで座し、間近でその顔をまじまじと見て更に驚いた。
三人が三人とも花柳界において稀に見る程の醜女なのだ。
ある程度は化粧で誤魔化せるであろうが、誤魔化しきれていないのである。

彼女等は矢継ぎ早に名前を名乗った。
頬の痩けた前歯の大きいのが暁風(あけかぜ)、えらが張って鼻の大きいのが舞波(まいなみ)、そしてはち切れそうな下膨れの顔をしたのが鈴代(すずしろ)と言った。
三人とも年は山崎より上に思われた。

『…すずしろ、とは、』

あまりの姦(かしま)しさに面食らいながらもようやくそれだけを口にする事が出来た。
先の二人は大層風流な名前であったが、最後だけ妙に気になった。
すずしろは“蘿蔔”、つまり“大根”の印象が強い。

山崎が何に引っ掛かったのかを察した鈴代は大きな口を開けて豪快に笑い飛ばした。

『まあ、もう、山崎はんたらいけずなんやから。
わざわざ言わんでもええ事口にして』

『…すまない、気に障ったか』

もしかしたら言ってはいけない事を言ったのだろうかと、山崎は素直な気持ちで咄嗟に謝った。
それに、醜女であっても芸妓は芸妓。
この先の任務の事を思うと此処で彼女等の機嫌を悪くする事は賢い事ではない。

そんな山崎の態度を見た鈴代は笑うのを止め、少しその表情を窺ってから嬉しそうな顔を彼へ向けた。

『ええんどす。慣れてますさかい』

とりあえず不愉快にさせた訳ではないらしい事が解り、内心で安堵した。
にこやかな笑みを向けられると悪い気はしない。
山崎は警戒心を少しだけ解いて、柔らかく笑んでみせた。

まずはお近づきのしるしにと、鈴代が銚子を持って山崎に差し出した。
漆塗りの雅な杯を手にし、彼女から酌を受ける。
しなのある美しい所作や不意に鼻先をくすぐった白粉の香りが、彼女が見た目にそぐわない“何か”を持っている事を感じさせた。

もしかしたら当たりを引いたかもしれない。
山崎はこの勘に従ってみる事にした。

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