あれから暫く、比較的穏やかな刻が流れた。

ナマエに対する警戒も次第に薄れ、藤堂や永倉といった人懐こい者達は完全に彼女を仲間とみなしていたし、土方や沖田といった心の内側に鋭い者達も彼女には裏が無いと感じていた。

また、始めの頃の様な他者を一切拒絶する雰囲気が無くなり、今では時折笑顔を見せるなどしているナマエは、平隊士の間で密かに絶大な人気を誇っていた。

相変わらず女である事は幹部以降の人間には伝えられておらず、彼等はナマエを男だと思っている。
衆道の者は色目でナマエを見ていたし、そうでない者は、自分に男色の気は無いはずなのに“彼”に対してむらむらと湧き上がるこの思いは一体何なのかと、悩みに悩んで眠れぬ日々を過ごしていた。

当人の知らぬ間に、ナマエはすっかり罪作りな存在となっていた。



ある日の午後。
突然、だんっ、という大きな音が監察方の部屋から響き、屯所の庭をつつき回っていた雀達が一斉に飛び立った。

部屋内には島田と山崎のみ。
ナマエは任務で屯所から離れている。

『!?』

音を立てたのは山崎。
文机で土方への報告書を綴っていた島田は、驚きのあまり持っていた筆を取り落としてしまった。

『…』

山崎は掌で畳の縁を思い切り叩いたのだった。
だが、変化は何一つとして起こらず、己の掌がじんじんと痛むだけである。

『ど、どうしたんですか、山崎君』

『…いや、申し訳ない』

機嫌でも悪くなったのかと心配する島田に詫び、山崎は再び畳に目を落とした。

(彼女はあの時、“あれ”をどうやってやった…?)

畳の縁を三指で何度もなぞり、山崎は首を捻った。



先日、この監察方の室内でナマエが隊士の一人に襲われそうになった。

兼ねてからナマエに恋慕の情を抱き、想いを遂げようと罰を覚悟で白昼堂々襲ってきたのだ。
この時室内には山崎と島田もいたのだが、すっかり寛いでいたという事もあり、咄嗟に身体を動かすことが出来なかった。

だが流石のナマエはそうではなかった。
彼女は瞬時に状況を見極め、何かを判断してかの者の足元の畳を素早く叩いたのだ。
叩かれた畳は物凄い勢いで立ち上がり、かの者の顔面を強打した。

島田と山崎はあんぐりと口を開いてその場に固まり、隊士は激しい衝撃をその身に受けて卒倒した。

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