変になっていく心 2 | ナノ




「奥村先生」

「え?はい、どうかしましたかフェレス卿」

 学園内の一角、正規の生徒は知る事の長い廊下。天気は一週間程快晴の続いておりキツい陽射しが窓から差し込む、その陽射しを受けながら雪男は足を止めた。それはこの学園の理事長であり彼からすれば上司に呼び止められたからであったが、実は驚きから反射的に脚が止まったというのもあったのだ。
 何故なら一度礼をして通り過ぎてから声を掛けられたからだ。

 それはメフィストにしては珍しい事だと雪男は感じていた。奥の読めず時には道化師のようなふざけた態度の上司だが伝える時は簡潔で分かりやすい、迷い等ない。上に立つものとして指導力もある。だから態とでないのならば、すれ違う前に呼び止めて用事を素早く伝えるのが通常だ。

 なのに雪男には、今回が聞くのを考えたような、躊躇った気配さえしたのは気のせいだろうか。

「お聞きしたい事がありましてね、君の兄である奥村燐、彼はちゃんと授業に出ていますか?」

「…兄ですか?ええ、普段通りに出ていますが…もしかしてまた兄が何か?」

 へらっと笑う兄の姿が頭を掠めて雪男は怪訝そうに眉を顰めた。今度は何を、と構えるもメフィストは肩から流れる白いマント翻すとそうですか、と答えては踵を返して行ってしまった。

「…一体何をしたんだ」

 はあ、と溜め息が漏れて自分はどれ位の幸せが逃げて行ってるのだろうとうんざりした様子で眼鏡のブリッジを押さえた。





 コツコツ、と靴音を廊下に反響させながらメフィストは歩く。速くなってしまわないようにとゆっくりに。

(どうやら私は彼に避けられているらしい)

 メフィストが自分の言葉を反芻させてやっと現状に気付く。そう気付く理由が今までなかった訳ではない。
 例えば今まで毎日用事もなく最上部のファウスト邸までただメフィストに会いに来ていた燐がぱったり来なくなった。例えば燐の携帯に電話を掛けるとコール音が響くだけで繋がらなくて、最近は電源さえ入っていない。

「…寧ろ気付けない方が可笑しい程に私は露骨に避けられているではないか」

 フッ、と口角を高く吊り上げシルクハットのツバを掴んでは目許を隠すような下げた。それは窓から突き刺さる陽射しが強くそれを遮る為だったが、果たして本当にそれだけが理由かメフィストにはわからなかった。

 そして、露骨な程に避けられている事実を、今の今まで気付こうとさえしなかったメフィスト自身の考えさえもわからなかった。

「…気付きたくなかったという訳か。」

 するりと答えは口から出ていた。わからないなど嘘だ、本当は全てわかっているのにわからない間抜けな道化師をメフィストは演じている。
 この味わった事のない焦燥感も、足裏から冷えるような危機感も。それが示す答えをメフィストは当に理解しているのだ。

「クク、…私も馬鹿になったものだな」

 何処か哀しげに小声で呟くと同時に紫色の手袋を嵌めた侭パチンと器用に指を鳴らす。すると窓に付けられていなかったピンク色のカーテンが現れ、風もなく動く。
 そしてメフィストの進む廊下の先の光を閉ざしていった。

 メフィストはシルクハットの下げたツバを上げる事はせず、陽射しを消した廊下を歩いて行った。




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