『名字のことが、スキデス』 そう言った彼の言葉を思い出す。カタコト気味に紡がれた言葉は、私を好いているという意味だった。 あの日の出来事は瞬く間に学校中に広まって、私は多くの人から追及を受けた。怖いくらい目を吊り上げて私を見る流川親衛隊の子、コソコソとクラスまで私を見に来る流川くんに想いを寄せているのであろう女の子、興味本位の野次馬だち。なんであの子が?何かの間違いじゃない?そう聞こえてくる声に、あの日告白されて嬉しかった気持ちはだんだんと小さくなっていった。 やっぱり流川くんが私を好きなんてこと…そう思っていたのだけど、あの告白から1週間が過ぎた頃に流川くんが私に会いに来た。 「えっ…と、なにか用かな?る、流川くん…」 「………」 「あ…その、もしかしてこの前の返事が聞きたい、とか…?」 「それはまだイイ」 「あ、そう…」 ジィと私を見下ろす流川くんはなかなかの…いや、すごい迫力である。 ここは裏庭の自販機横に設置してあるベンチだ。皆の好奇の目から逃げてきた私が辿り着いた場所。ホットレモンを買って一息ついていたら急に視界が陰って、何だろうと視線を上げたら流川くんが立っていた。悲鳴を上げそうになったけど留まる。心臓に悪いことをするな流川くんは… 「お前」 「…ん?」 「オレの言ったこと信じてなさそう」 「えっ」 「周りがウルセーこと言うから、俺の言ったこと信じてねー」 「………」 図星だ。こう言っては失礼だが、人の気持ちに鈍感そうな流川くんに見抜かれて驚いたと同時に冷や汗が吹き出す。自分の告白が原因で私が周囲に色々言われていることは気付いていたらしい。 「信じらんねーなら、信じるまで言う」 「…え」 片膝を地面について腰を下ろし、ペットボトルを握っている私の両手を流川くんの大きな手が包み込む。初めて触れた男の子の、流川くんの手がとても大きくて暖かくて、心臓がうるさく音を立てる。手に向けていた視線をゆるゆると上げると、随分近い距離で先程まで見上げていた流川くんの瞳とかち合う。 「好きだ、名前」 「っ!」 「すき」 「あ……」 真っ直ぐすぎる瞳に見つめられて、金縛りにでもあったのかと思うほど体が動かなかった。二度目の告白も、初めて呼ばれた名前も、私には抱えきれないほどの衝撃で。冷や汗をかいていたのが嘘のように身体が熱くなった。じわじわと涙が浮かぶ。 しばらく見つめ合ったあと、流川くんは首を傾げた。 「…信じた?」 「…あ……」 ギギギと音がしそうなほどぎこちなく頷いた私を見て、流川くんは立ち上がった。手は、まだ握られたままだ。 「冗談でも嘘でもねー」 「う、うん」 「他の野郎よりオレの方がお前のこと見てる」 「…ん」 「バスケと同じくらい好き」 「ん、んん…?」 バスケを引き合いに出されて一瞬困惑したが、バスケと同じくらいというのは流川くんにとってとても大きなことなのだろう。 「返事、まだイイって言ったけど、そんなには待てん」 「あ、ハイ」 「ダメならダメって言え」 「あ…そのっ」 「諦める気はサラサラねーけど」 そう言ってようやく手が離された。片膝に付いたままの砂を払うこともせず、流川くんは校舎へと向かってしまった。 流川くんの去って行った方向から目が離せず、今起こった出来事が頭を駆け巡る。すごく熱心に告白をされたのに流川くんは言うだけ言ってアッサリ去ってしまったものだから、完全に私だけ置いてけぼりである。 「流川くん…すごい喋ったな……」 告白が頭の中で処理しきれず流川くんの言葉数の多さに意識がいってしまった。無口な流川くんからあんなに言葉が出てくるなんて。 「…どうしよう」 流川くんの気持ちに向き合わなくては。自分の気持ちにも正直にならなくては。 回転の追いついていない頭に浮かんだのは、数週間後に迫る3月14日という日付だった。 Valentine2018/2018.02/14 |