SLAM DUNK | ナノ
透明のラップに包まれた歪なチョコレートの塊。コロコロと掌を使って綺麗な丸にしようと努めるけれど、一向に綺麗にはならず。掌の体温で若干溶けはじめていた。溜息を一つついてラップからチョコレートを取り出して自分の口へと放り込んだ。味は美味しいんだけどな…そうは思うけれど、こんな不格好なものを憧れの流川くんへ渡すことは出来なかった。きっとバレンタイン当日、流川くんは多くのチョコを貰うだろう。キラキラしてて、美味しくて、流川くんのことが大好きだという…気持ちのこもったチョコを沢山。そう考えると、目に涙が溜まっていった。流川くんと会話すら交わしたことのない私なんかが流川くんにチョコを渡せるわけない…すっかり自信がなくなった私は、作ったチョコを冷蔵庫にしまった。



「………」

バレンタイン当日、流川くんを発見した。自分の下駄箱の前に立って、下駄箱に押し込まれている多くのチョコレートを見て困ったようなゲンナリしているような様子。その光景を見て、あぁあげなくて正解だったなと思った。流川くんの迷惑になるのなら、あげない方が良い。この気持ちは伝えずに、いずれ思い出になるのを待とう。もちろん、私のカバンの中に流川くん宛のチョコは入っていなかった。流川くんの後ろを通り過ぎ、自分の下駄箱へ靴を入れる。流川くんがこちらを見た気がしたが、気のせいかな。特に気にも留めず、自分の教室へ向かった。

その日は朝から友人たちが机の上に広げたチョコ菓子の山を一緒に食べて、誰が誰に告白したなどと飛び交う話を聞いたり、これから私告白してくる!と息巻く友人の背中を押したりと恋愛にまつわったことしか話さなかったが、幸い「名前は誰かに渡さないのか」という話題は振られなかったので流川くんのことを考えなくて済んだ。部活へ行った友人たちを見送って、さぁ帰るかと席を立った時、ガラリと教室の扉が開かれる。何気なく顔を向けると背の高い男の子。ドキリと心臓が跳ねる…流川くんだった。このドキドキは、ときめいてる高鳴りなんかじゃなくて、隠し事がバレるのを恐れている時のようなドキドキだった。悪いことなんか何もしていないのに、なにを恐れているんだろう。突然現れた流川くんに、教室に残っていた女子たちは興奮気味でコソコソ喋っている。流川くんはキョロキョロ教室を見回したかと思うと、ある一点で視線を止めた。…私を見ている。え?

「え、るかわ…くん…?」

ドキドキが大きくなって、顔が熱くなる。こちらに向かって歩いてくる流川くん、私の前で立ち止まって見下ろしてくる。逆に私は背の高い流川くんを見上げる形になって首が少し辛かったが、こんな間近で流川くんと対峙しているという現実に頭が追いつくので必死だった。

「名字」
「は、い…」
「………」

私の名前を呼ぶ。私のこと、知ってたんだ。会話をするのなんて今日が初めてなのに、どうして。流川くんは背負っていたスポーツバッグに手を突っ込むと、ガサガサ漁りだした。バッグの中にチラリと見える、綺麗にラッピングされた箱たち。いっぱい貰ったんだな…そう思ってチクリと胸が痛んだ気がした。

「あった」
「…?」
「…これ、やる」

バッグの中から出したのは、ブラックの包装に真っ赤なリボンが巻かれた箱。これは…

「え…これ、チョコ……?」

コクリ、と無言で頷く流川くん。…チョコ?なんで流川くんが、私なんかにチョコを?誰かに貰ったチョコを私に渡しているのか?誰かに渡してくれと頼まれたのか?

「…誰かに貰ったもの?」
「チガウ」
「…?」

ますます訳が分からない。じゃあコレは誰のチョコなのだ。チョコを見ながら困惑した。

「オレから、お前に」
「………えっ」
「名字のことが、スキデス」

スキデス…すきです…好きです?私のことが、好きだと言ったの?

「…えっ!」
「返事は、また今度でいい」

そう言って踵を返して教室から出て行ってしまった流川くん。残されたのは呆然とする私と、チョコレートと、その一部始終を見ていたクラスメイトたち。

「「「え〜!!!」」」

クラスメイトの絶叫が響き渡る。叫びたいのは私の方だった。

胸のドキドキは、後ろめたいものではなく高鳴りへと変わっていた。



Valentine2017/2017.02