小説 | ナノ


▼ とある生徒と教師の事情



『中条家の人間として、恥じない経歴を歩みなさい』

本当は、こんな学校 一刻も早く辞めてしまいたかった。

『この学園を出ておけば 将来何かと役に立つ』

そう言われ この学園に放り込まれたのは12の時だった。
親父と兄貴達の母校。
古くから代々受け継がれている経歴。
誰もが羨む華々しい家系。
そこに生まれた者に 選択肢などはない。
まさしく引かれたレールの上を歩かされるように、俺も同じ道を辿らされた。

有数の名家の御子息達を預かるこの学園は、一種の牢獄に似ている。
携帯は電波が届かず使えない。
寮にあるテレフォンルームを利用するには予約が必要で、通話にも時間制限がある。
生徒が学園の敷地から出るには 許可が必要で、長期休暇以外はなかなか受理されない。
清く正しくをモットーに掲げる抑圧的なこの学園は、俺にとって地獄以外の何ものでもなかった。

『ここに来る時ぐらいは、そんなつまらなそうな顔しないでよね』

今は遠いその笑顔は、あの頃の俺にはひどく眩しいものだった。
腹に溜まり続ける鬱憤や憂鬱。ドロドロと足に絡まるようなそれらは、けれど彼女がけらけら笑うと心から一掃されてしまう。

『あーあ!またサボって。バカになっても知らないんだからね』

こいつがいれば、このままこの学園に耐えられる。
まだ心に微かな光を持っていた俺は、あの時、本当にそう思っていた。

…でも、それは馬鹿げた夢だった。

『伸人は、悪くないよ…』

暴力沙汰を起こしたあの時、自分は退学になり 家からも勘当されるのだろうと覚悟していた。
この学園に彼女はもう居ない。きっともう二度と会うことは許されない。
ならばいっそそれが良いと思った。
これからの人生すべてをかけて、彼女に…千夏に訪れた不幸に償う。
そう覚悟した俺を、けれど周囲は嘲笑った。

『面倒を起こしてくれたものだな』
『お前は何も話すな。あとは任しておきなさい』
『どれだけ金がかかったと思ってるんだ、せめて卒業だけはしろ』

徹底された隠蔽で、千夏はもうどこの病院にいるのかさえも分からなくなってしまった。
一人残された俺は、千夏に償うどころか この牢獄から逃げることさえも出来なかった。

生まれて初めて特別な感情を抱いた存在を、俺は守ることも救うことも出来ず、ただただこの生温い環境で腐っていった。


『消灯時間だ。黙って部屋に戻れ』
最初に美柴に興味を持ったのは、その遠慮のない物言いだった。
ほとんどの教師が 昨年の事件から俺を遠巻きにしていたにも関わらず、この教師は全く臆することなく俺に冷ややかな一瞥をくれ 罵詈雑言を吐いた。

『生徒と友達ごっこをしろと…?』
誰かと馴れ合う素振りも見せない。
『お前がどうなろうが俺には関係ない』
生徒の為を思って、なんて考えは微塵もない。
『サボるのは勝手だが俺の部屋で寝るな邪魔だ』
その教師らしくない姿勢が、面白かった。

そして気が付けば、俺はその美柴の頑なな姿勢を崩させることに策を練るようになっていた。
わざと持ち物を隠したり、思わせぶりに迫ってみたり。
思い返せばどれもガキみたいなやり方だ。

でも、隣り合う距離が近くなるにつれて、どうやら俺の中で美柴との戯れはただの遊びではなくなっていた。


「…………〜」
美柴が飛び出していった部屋の中、中条はポスンとベッドに突っ伏した。
胸が張り裂けそうで、まるで千夏が居なくなった時のような痛みだった。
昨年の一件で もう誰とも関わらないと決めていたのに。
(あぁ またか)と学習能力のない自分に呆れる。
楽しくもないのに 何故か喉の奥から干からびた笑いがくくと溢れる。

何もかも独り善がりだ。

美柴の学生時代の話は、久保田からそれとなく聞いていた。
『弟』は禁句だということも知っていた。
でもまさかあそこまで執着しているとは思わなかった。

「……何なんだよ…」
最近の美柴は 以前に比べたら中条を信頼してくれている様子だった。
深夜に出歩かないように監視するという名目で 部屋に入り浸る中条を、美柴は邪険にしつつも許してくれた。
そのままワガママを言って泊まっても、朝になれば毛布が身体に掛けられていたり。
文句を言いつつも課題の面倒を見てくれたり、午後 寝過ごせば起こしに来ることもあった。
「………〜」
美柴は他の生徒や教師との親密な交流が本当に全くない。
だから、こうやって構ってもらえる自分は 美柴の中で少しは特別な存在なのだろうと、自惚れていた。

『お前には関係ないだろ…!』

「…………」
あんなに辛そうな表情は、初めて見た。
きっと俺を拒んだのは、その心にまだ弟が居るからなのだろう。
……この寮で行方不明になった、血の繋がった双子の弟。
そんなの、卑怯だ。

「……勝てる気がしねぇーなぁ」
諦観の笑みの合間に、そう呟いた。

もう本当に、何もかもどうでもいい。
このままこの学園にいても 意味はない。

むしろ自分など居なくなったほうが、すべての為になるような気がした。



――……


「これでオーケー、かな?」
教員室で、久保田と美柴は拾い集めた課題を貼り合わせていた。
最後の切れ端をテープで繋げた久保田が、じゃーんと美柴に見せる。
美柴はそれを確認して、頷いた。
課題は 少し繋ぎが歪だが、それでもほぼ100%の修復を遂げていた。
久保田が手伝ってくれなければ すべての課題を見つけることは出来なかっただろう。

「……付き合わせて、悪かった…」
「俺が勝手に付き合っただけだよ。ほら、早くセンセーのとこ行っておいで」
ペコリと頭を下げた美柴を、久保田ははんなり笑う。

「……。」
その様子をしげしげとソファーから寝そべりながら見ていた悟浄が、「あ。」と少し大きめの声を上げた。
その声に 美柴と久保田も振り返る。

「お前らが来る前にな、なんか最後通告しに行くとか言ってたぞ。アイツ、中条の部屋行っちまったんじゃね?」
「!!」
「…あのさ、そうゆう事は先に言ってよ」
「だって俺には関係ねぇーしよ」
久保田と悟浄の会話も聞かず、美柴は完成した課題を手に 駆け出した。

間に合え…!

生徒棟までの道程を 駆ける。
階段の踊り場で 何度も遠心力に足がもつれた。
それでも 必死に体勢を立て直して 足を動かす。

「…!」
時計塔から 6時の鐘の音が響き始めていた。



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