小説 | ナノ


▼ とある生徒と教師の事情



中庭に舞った課題は 思ったよりも広範囲に散らばっていた。
黙々と探しまわる間、ぐるぐると想うのは中条とシギのことだった。

もしこれを届けたとしても、あんな風に中条から逃げ出したのだ。
…もう手遅れかもしれない。
どれだけ考えても、やはりいつも心のどこかにシギがいる。
今はこうして中条の処罰を見逃してもらう為にと動いてはいるが、結局夜になれば心は空っぽになって シギの影を求めて寮内を出歩いてしまうのだ…。

「………。」
どうしても気持ちが落ち込んでしまう。
こうゆう時、根が暗い自分を恨めしく思う。
そのたびに 探し集めた課題を見直した。

(……字が汚い)
紙面の数式を見て、美柴は 呆れつつもふと心の中で笑う。
この課題に取り組んだ時、中条は珍しく解くのに苦労していた。
「あの先公、俺のこと絶対嫌いなんだぜ」なんて悪態をつきながら、それでも、分からない問題は美柴の教えを真剣に聞いて。

「…………。」
頑張っていた姿を知っているのだ。
それなのに自分がここで諦めたら、ダメだ。

そうやって重くなる気持ちをなんとか切り替える。
けれど、次に見つけた課題の切れ端に、さすがにげっそりと肩を落とした。

「……………………。」

その切れ端は、高い木の枝に引っ掛かっていた。
目測ですでに検討はついていたが、とりあえずぐぐぐと背伸びを試みる。
「……。」
腕は限界まで伸ばしている。これ以上伸びたら 多分足の腱を負傷する…。
どう頑張ってみても、自分の背丈では届かない。

はぁと溜息を吐いて、何か長い得物を探そうと背伸びを止めた。
その背後から ふいに大きな影が美柴の顔を覆った。

「はい、どうぞ」
美柴の代わりにその切れ端を取ったのは、久保田だった。
自分を越えて軽々手が届いた久保田に 美柴は思わず目が据わる。
受け取ろうと手を差し出しても、久保田は紙面に目を落としていて 渡そうとしない。

「あれ。これ中条くんの課題じゃない?」
汚い字で見分けがついたらしい。久保田は美柴を見やる。
「なんで美柴センセーが?…というか、なんで破けてるの?」
「……教えない。」
なんとなく全貌を話すのは気が引けて、美柴はそう憮然とした顔で応えた。
それを受け、久保田は「ふーん」と小さく笑って 切れ端を美柴に渡した。
「……。」
この千里眼教師にはどうせ聞かずともある程度の予測がついているのだ。
受け取った課題を手に、美柴はじっと久保田を見た。

「あ。あっちにあるのもそうじゃない?ほら、あの木の枝のところ…」
額に手をかざして遠くを見やる久保田は、美柴の視線に気がついて ん?と首を傾げる。
「どうかした?」
「………前に、」

美柴が思い出したのは、以前教員室で何気なく交わした会話だ。

「……前に、時任のことを特別な生徒だと言っただろ」
「そうね」
突然の振りにも関わらず、久保田は軽々とそう即答した。
美柴は思わず言葉に詰まる。
久保田の言う『特別』とは、きっと『そうゆう感情』だろう。

「………怖くないのか…」
静かなその問いに、久保田はやんわりと笑んだ。

「”誰”に怖がってるの?」

一拍、美柴と久保田の視線は しんと時が止まったように交差した。
美柴には動揺こそなかったが、何か心臓を鷲掴まれたような感覚があった。
「……。」
嫌なところを突いてくる。
本当に、この男は千里眼だ。

前向きに入れ替えたはずの心に、また得体の知れない不安が微かに忍び寄ってきた。
けれどそれに気づかぬ素振りで、久保田はガラリと空気を変える。

「ねぇ、それ、あと何枚見つかればいいの?」
美柴は溜息で応える。
「……二枚だ。でも、もう見つからないかもしれない…」
腕時計はもうすぐ六時を指しそうだ。
これまでの一時間、中庭はほとんど探し回った。
あと考えられるのは、今のように木の上部に引っ掛かっている可能性だ。
さすがにそんな上までは 残り時間で見て回ることは出来ない。

「……。」
久保田は 微かしゅんと落ちた美柴の肩を見る。
…まったく、こうゆう所がいけないのだ。

「一緒に探すよ」

なかなか、放っておけない。

「…どうして」
思ってもみない申し出に、美柴が目を丸くする。その眼差しに、今度は少し柔らかい笑みが返ってきた。
「んー…俺も美柴先生が好きだから、かな」
「…。」
思ってもいないくせにそう言ってのける様子に、美柴の目が据わる。
けれど久保田は さらりと言葉を続けた。

「だからね、何か大事なものが 見つかればいいなって思ってるんだよ」
「…………大事なもの…」
さてと搜索に乗り出す久保田の背中を見ながら、美柴はあの時の担任教師の言葉を思い出していた。

『貴方の世界も色が一変するかもしれませんよ』

「……」
教師になったのは、シギを探すためだった。
毎夜毎夜 暗い寮内をさ迷いながら いつだって心の中でシギの名を呼んだ。
俺が見つける大切なものは、きっとシギ以外ないのだと そう思ってきた。

なのにあの日遭遇したのはシギではなく、規則破りの常習犯だった。
『あんたこんな時間に何してんだ』
生意気で、わがままで、強引で、評判の至極悪い問題児。
『つくづつ教師っぽくねぇーな』
年上を敬う気品もなく、いい加減でぶっきらぼう。
『いいから此処に居ろって言ってんだよバカ』
だけど、……眠れない夜を 共に過ごしてくれる唯一の存在。

……そうか…。

「―……」
美柴は 手にした課題を見下ろして、少しだけきゅっと握った。


(俺はきっと、シギ以外の誰かを見つけることが、怖かったんだ…)


…next


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