小説 | ナノ


▼ 初夜

■中鴇。自暴自棄な初夜『<』を終えた二人。



一晩の過ち。
なんて洒落た言葉で片付けられるものじゃなかった。


欲を吐き出した後の疾走感。
はぁ、はぁ、と一つのベッドの上で行き交う呼吸。
なんでこんな事になったんだ。冷静になっていく思考と身体。
心中、中条は苦々しく舌打ちをした。
散々体液を飛ばした性器を引き抜くと、言葉にならない吐息を洩らした美柴が中条の下で身じろいだ。
その微かに熱い息と苦しげに寄った眉に、なんとなく、これはいつもの女遊びとは勝手が違うと悟った。
相手が悪かった。自分にとっても。美柴にとっても。

「……………」
息が落ち着いて、中条は美柴の上から起き上がった。
シーツに沈んだままの美柴はまだ朧気にぐったりとしている。
脱力した身体。白い体液に汚された肌。深い呼吸に合わせて上下する肩。
その妖しさから断ち切るように視線を反らし、中条は着替えを手に持ってベッドから降りた。
「……使えよ」
ハンガーに掛かったままだったバスタオルを、美柴の裸体の上に落として、風呂場に向かった。
そうやって逃げる以外に、この場をやり過ごす方法が思い浮かばなかった。


中条が浴室から出てくると、美柴は内心ギクリとしていた。
中条の落としていったタオルでようやく身体を拭いて、服を着直そうかと思っていたところだった。
本当は、相手が戻ってくる前に帰ってしまおうと思っていた。
なのに思った以上に身体は言うことを聞かず、間に合わなかった。
身体の中を体液が伝ってくる感触に、ぞわりと言い様のない身震いがする。
間違った。失敗した。色なんて、そう簡単に変えられない。
じわじわと襲ってくる自己嫌悪に封をして、深い溜息をついた。
ちらりと見れば、中条はガシガシと乱暴に髪を拭いている。美柴は着替えを持ってベッドから降りた。
「……風呂、借りる」
それだけ言って、狭い部屋の中で中条とすれ違った。
顔を合わせるのが嫌だった。どんな顔をすればいいのか、考えたくもなかった。


「……………」
今のうちだと言わんばかりに こちらを見向きもせず浴室に入っていた美柴を、中条はタオル越しに視線で追った。
一晩を過ごして 馴れ馴れしくなる女にはうんざりするが、こうも『無かったことにしよう』とされると それはそれで良い気はしない。
「……お前が誘ったんだろーが」
だからと言って この関係を好転させる気はないし、そもそも仲を深める意味が無い。
つつかれたくない過去や事情。互いに胸に鉛を抱えていることを知っている。
美柴が行為の真下、目に見えない誰かから逃げようと必死に足掻いてるのが分かった。
自分を守るボーダーライン。それを越えて誰かと触れ合うなんて、怖くて出来やしない。

例え、命をあずけ合うチームメイトだとしても。

「………………」
シャワーがタイルを叩く音がする。
ベッドに倒れた中条は 重い息を吐き出して目を閉じた。

それでも、誰かに助けてと心の中で叫んでいる。


美柴はしっかりと着替えも済ませて部屋に戻ってきた。
ベッドに横になっている中条を見て 寝ていると思ったのだろう。少し安堵した空気が伝わってきた。
起きたところで交わす言葉も見当たらない。中条は寝たふりを続けた。
「…………………」
少しだけ、じっと美柴の視線を感じた。
それがどういった意図の眼差しなのか、中条には分からなかった。

そうしてそのまま、美柴は眠る中条に何も告げず、何も残さず、帰っていった。
カン、カン、カン、と古びたアパートの階段の音は 冷たく響いて中条の耳に届く。

チカチカと切れそうな街頭の下を足早に歩く美柴の目は、真っ直ぐに深く 静かだった。
ジャケットの前を合わせても、寒さは消えなかった。


■くちづけで広げた傷 血を流す 何の為に?(Crow/中条伸人)


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