小説 | ナノ


▼ 鉛

■自暴自棄な中鴇の始まり



ただ、誰でも良かった。
胸に沈んだ鉛のような息苦しさから、逃げ出したいただけだった。


汚い中条の部屋にはもう慣れた。
染み込んだ煙草の匂いにも、ニヒルな薄笑いにも、もう慣れた。
そんな頃だった。

「優しくしてやるつもりはねぇーぞ」
「…構わない」
それが、二人のファーストキス直後の会話だ。
ベッドに腰掛ける中条を、床に膝立つ美柴が見上げる。
中条の指先が美柴の頬を撫ぜて、美柴は目を閉じる。
愛しさなんて微塵もない、噛み付くようなキス。
絡む舌の感触や唾液の味。
そのどれもが 互いの中に残っている記憶とは遠く違う。

(それでいい)

脳裏に過ぎる表情の見えない彼を追い払うように、美柴は乱暴なキスに応える。
中条もこうして誰かの影に抗って、自分とこんな馬鹿げたことをしようとしているのだろうか。
頭の片隅で、美柴は少しだけ中条の感情を知ろうとした。
深いキスの合間に 間近でぶつかる中条の視線からは、けれどやはりどんな真意も見えなかった。

違う色に染まってしまえ。
忘れてしまえ。
この一瞬だけいいから、助けてくれ。

半ば自棄に近いジレンマを、美柴は愛撫に反映させた。

「…、」
美柴の手が、中条のジーンズに触れる。
ベルトを外して、チャックを開ける。
思ったより度胸のある態度だと、中条は美柴を見下ろして思う。
好いてもいない男の足の間で跪き、性器を支え持って濡れた舌で軸に触れる。
根元から先端までを行き来する舌の感触に、中条が少し吐息を零した。
半勃ちの性器を口に含む美柴は、少し眉を寄せる。
行動には迷いはないが、口淫に慣れているわけではないのだろう。
その苦しげな表情は、充分に中条の加虐心を煽った。

中条が美柴の頭に手を乗せて、強い律動を促す。
後頭部を押さえ込まれ、美柴は口内深くにそれを受け入れるしかない。
多少の抵抗はあったが、中条は気にせずに口淫を続けさせた。
「んッ…んん!ケホッ」
何度か口に含んだまま上下を繰り返したが、途中で苦しくなった美柴が顔を思わず背ける。
咳き込みながら 見上げると、中条はくくと小さく笑っていた。
「もっと上手くやれよ」
「…上手くしてやるつもりはない」
憮然と応えた美柴に、中条は笑う。
「どうせヤるなら良いほうがいいだろーが」
跪いたままだった美柴をベッドに引き上げる。
「…別に、」
求めているのは快楽じゃない。
上着を脱いだ美柴は続く言葉を口にしなかったが、そう言おうとしていたことは、その表情だけで分かった。
誰かの事も考えられなくなるぐらい、頭がおかしくなれればいいのだ。
中条は乾いた笑みでそれに同意し、美柴をベッドに倒す。

誰でもいいのは、お互い様だった。



「―…ッん!あ…ッ」
中条の指が内壁を抉る度に、美柴は堪え切れずに身を捩った。
逃げようとするその腰を捕まえて、中条は美柴の熱を握る。
先端を親指の腹でぐにぐにと押し込むように虐めると、溢れる体液で指先が濡れた。
「〜ッあ、…はッあ!」
翻弄されるほどに、自分の息が上がっていくのが分かる。
でも頭のどこかがまだ冷静だ。汗を吸ったシーツの冷たさがやけに気になった。
こんなふうに追い込められるぐらいなら、いっそ無理矢理貫いてくれたほうがいいと思うぐらいだ。

「…慣れてるとは、意外だな」
内壁に沈む指の感覚で、美柴がこの行為が初めてじゃないことは確信した。
確かな強い刺激を与えない中条の手に、美柴は不服げな目で見上げてくる。
その視線を軽く流し、中条は美柴の耳元にキスをする。
「…他に、どんな奴がいたんだ?」
ちょっとした意地悪でそう囁いた。
「……、」
美柴はシーツに隠そうとした。中条はそれを許さず、きゅっと性器を強めに握る。
「ッ!」
「……なぁ、答えろよ?」
「…〜」
唇を噛んで応えようとしない美柴を見て、今度は内壁を弄っていた指をすべて引き抜く。
挿入せずに、ふちをくすぐるように撫でると、美柴は切なげに眉を寄せた。
物足りないと身体が焦れて、小さく震えている。
その時にはもう、中条は美柴の地雷を踏んだと自覚していた。
だから、わざと『昔の誰か』の話題を出した。
今行われているこの行為が、決して甘い感情の無い乾いたものなのだと、お互いに思い知る必要があったのだ。

「…美柴」
中条は揶揄う笑みではなく、やけに神妙な声で美柴を呼んだ。
その声色と視線に、美柴は焦らされる快楽と破裂しそうな胸の苦しさに泣きそうになる。
所詮互いに求めるものは違う色なのだと、思い知れと。
「……そんな話は、したくない…」
消え入りそうな声で、そう応えるのがやっとだった。
何でもいい。どうでもいい。誰でもいい。
現実を突きつけてくれるなと、美柴は中条に無理やりなキスをした。

「………分かった。もうしない」
中条はそれ以上何も言わずに、自分の欲のままに美柴に覆い被さる。
いきり立った熱を窄まりに押しつけて、沈めていった。

「ッ!あ、あ!…〜んんッ!」
遠慮や配慮の欠片もない抜き差しが、下肢を襲ってくる。
限界深くまで撃ち込まれ、ガクガクと揺さぶられながら、美柴は中条に手を伸ばした。
中条は 言葉にならない喘ぎを上げる美柴を見下ろし、その手を強く握った。

押し寄せてくる絶頂の波に、背筋が浮く。
「〜…んあッ!!」
堪えてきた身体が一際大きく震えた。
自分の熱が破裂して、体液が飛んだのが分かる。
身体が強張って、中条を締め付けてしまう。
中条もその壁の収縮に、んんと熱っぽい吐息を吐いて、眉を寄せた。
自分以外の体液が内壁にぶつかるのを、真っ白な頭の片隅で感じた。

絶頂直後の疾走感に息を上げつつも、互いに握り合う手の力は強かった。
吐精に脱力した中条の身体の重みを受け止めながら、美柴はゆっくりと目を閉じる。
触れ合う身体がやけに熱い。

「……、」

この体温の意味を、今はまだ何も考えたくない。


■この胸の鉛が溶ければそれだけで。


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