小説 | ナノ


▼ あなたのためならどこまでも4

■続・中村明日美子著「あなたのためならどこまでも」パロ。結婚詐欺師中条×刑事美柴。



そこはとある本土のフェリー乗り場。
つい先程 島から到着した小さなフェリー。
そこから降りてきた刑事と詐欺師は、酷い横殴りの雨風に轟々と晒されていた。

「〜東京には着いてます…!今、中条伸人を連行中で…っ」

左手首に手錠を付けた若い刑事が、この暴風雨の中、懸命に携帯の向こうに状況報告をしている。
しかし風の音が通話を邪魔し、向こうからの指示がほとんど聞き取れない。
おそらく向こうにも美柴の声が届かないのだろう、何度も状況を聞き返される。

『― 午前中の晴天が嘘のように 現在の東京は強力な低気圧の影響で、激しい暴風雨に見舞われています』
港のラジオ放送が、大音量で繰り返し警告を発していた。
『沿岸部には、大雨強風波浪警報が発令されています。付近の方は速やかに避難してください』

「〜こちらも30分ほど前から暴風雨で…!…はい、はい…渋滞!?…トンネルで水没って…!……で、いつごろ…」
困難な状況にもめげず、美柴は片耳を押さえて なんとか通話に集中しようとする。
その隣、まるで美柴の風除けのように 横殴りの風に向かって立たされている中条は今にも風に倒されてしまいそうだ。
雨粒が痛いほどの強さで顔と身体にぶつかってくる。
ずぶ濡れの髪をかきあげて、中条は怒鳴る。
「〜だぁああ!おいもうコレ無理だろ美柴!?」
なんとか踏ん張ってはいるが、このままでは手錠で繋がった二人は 諸共嵐に吹き飛ばされてしまう。
現に、フェリー乗り場の看板やロープが風に吹き飛ばされて 至る所に飛び回っている。
それほどまでに、凄まじい暴風雨である。

「なぁオイどっか入ろうぜ…!っつーか俺はお前の傘じゃねぇーんだよ!何さりげなく俺の影に入ってんだ!避けきれてねぇーからな!?言っとくけどよ!!」
「〜〜もしもし!?…はい、とにかく、付近で待機を…っ!」
「俺もうパンツまでずぶ濡れだぞ…!報告ならどっか入ってからにしやがれ…!!」
中条が美柴の耳元で不満を叫ぶ。しかし美柴は頑なに通話中だ。
「〜あのなぁ!」
体験したことのないような大荒れの天候に、痺れを切らした中条は 美柴の通話相手に聞こえるようにわざと携帯に向かって叫ぶ。
「パンツ濡れるって言ってんだよ!!」
「!?何言って…!?」
とんでもない中条のセリフに、美柴は目を見開いて 慌てる。
「〜と、とにかく避難しますっ 失礼します…!!」
慌てて ブチ!と通話を終わらせた美柴が、ギロリと中条を見上げる。

「〜仕事の邪魔をするな…!」
「この状況で電話始めるてめぇーがどうかしてんだよ!」
二人とも、バケツで水を被ったかのような濡れ姿で、しかも吹き荒れる雨風に晒されたまま 飛ばされまいと踏ん張っている状態。
怒鳴り合っても その大声がかき消されるほどの風音だ。

「迎えが来ないことには始まらな、」
ゴン!!
主張している美柴の頭に、後ろから『キケン』と書かれた立て札が直撃した。
瞬間、美柴は ガクリと首を落とし、気を失う。

「!?美柴っ」
目の前の衝突を目撃していた中条は、糸が切れたように倒れる美柴を慌てて支える。
「おい美柴!?美柴!!」
「…、」
何度も名を呼ばれている最中、美柴の意識はどこかに吸い込まれていく。
暗くなっていく視界に 何かキラキラと光るものが見えた。

(…キラキラ、してる……輪っかが……二つ…光って……)



「―…お連れ様は大丈夫でしょうか?」
「あぁ、ただの酔っ払いだから」

ふわりと意識が浮上した時、美柴の耳に聞こえたのはそんなホテルマンと中条の会話だった。

「痛ッ」
覚醒した途端、後頭部に鈍い鈍痛が走る。そういえば頭に何かがぶつかったのだと、記憶が蘇る。
「お。起きたか。大丈夫か?頭打ったからあとで病院行ったほうがいいぞ」
美柴は中条の背中に背負われていた。
意識が戻ったと分かると、ゆっくり美柴を降ろし 顔色を伺う。
「〜ここ、どこ…?」
まだ覚束無い足取りで 中条に連れられている美柴は、痛む後頭部を押さえて眉を潜める。
歩いているのはどこかのホテルの廊下だ。
中条の前には先導するホテルマンがいる。

「あ?…あぁ、まぁ、とりあえず避難をな。お前盛大にノビちまったしよ」
ホテルマンが たどり着いた部屋のカギをガチャと開ける。
ドアを大きく開けると、「どうぞ」と中条たちに前を譲った。

「ご用はフロントにお申しつけ下さいませ」
どうぞごゆっくり。
ホテルマンはカギを中条に渡し、一礼して去っていく。
残されたのは、手錠で繋がる男二人。

「・・・・・。」
今更だが、中条はこの手錠をホテルにどう説明したのだろう。
怖い気もするが、頭に響く鈍痛で 今はもう余計なことを考えたくない。
とにかく 横になりたい。
そう思って部屋の中へと足を進めた美柴は、目の前に広がった光景にギョッと言葉を失う。

「オイコラどこ行くんだよ」
手錠のことも無視して中条から逃げようとした美柴を、中条は手首を引っ張って引き止める。
「帰る…!」
咄嗟に美柴が応えた。
「〜なんでダブルベッドなんだ…!」
「この部屋しか空いてなかったんだよ」
「嘘をつくな…!」
一方は逃げようと、一方は引き寄せようと、ギリギリギリと手錠を引き合う二人。
「まぁこんな嵐の中わざわざ外にいることねぇーじゃねぇーか。そのうちお前の携帯に連絡くるんだろ?どこで待ってたって同じだって」
「だからってこんなホテルに入ることはない…!」
「だーから、お前がノビちまったから仕方なく、…ヘブシ!」
美柴の反論を やれやれと受け流す中条が、言葉の途中で盛大にくしゃみをした。

「あ"ー…寒ィーな、やっぱ」
「〜……大丈夫か…?」
ズビと鼻をすする中条に、さすがの美柴も申し訳ない気がして その顔を覗き込む。
あの大雨と強風の中、自分を背負ってここまで運んでくれたのだ。
自分が逮捕した詐欺師に介抱されるだなんて気に食わない話だが、これは紛れ間もない事実だ。

「・・・。」
少し困ったような面持ちで見上げてくる美柴に、中条は内心(あーあ)と笑む。
「…なぁ、シャワー浴びてもいいか?」
「駄目だ」
ズバと切るような即答。表情も一変して キリリとしたものへと変わった。
「我慢しろ」
「はぁ!?風邪引くだろーが!?」
今しがたの美柴の様子ならばイケると思った中条は、不満げに訴える。
「駄目だ。一緒に入るのも断る。どうせあんた、また手錠外したら逃げるとか言うつもりなんだろ」
「逃げねぇーよ!逃げられる天候じゃねぇーって!」
「駄目だ」

一切の妥協を見せない美柴に、中条ははぁと深い溜め息をつく。
そうして 観念した表情で美柴に目を遣る。

「…もう逃げない。今度は絶対だ。…ていうか、バスルームの前で見張ってりゃいいじゃないか。それなら良いだろ?」
「・・・・・。」
な? と説得する中条のにやんと笑んだ顔が、いまいち信用に欠けるのだが。
確かにそれなら問題ない…はずだ。

「……でもあんたなら、排水溝からでも逃げ出しそうだ」
「信用ねぇーなぁ俺は」
ははっと軽く笑う中条に、美柴は折れて溜息を吐く。

カチャリと、中条の手錠を外した。

「なぁ、覗くなよ?」
バスルームに入った中条が、いやらしい笑みで美柴を振り返る。
美柴は一言も返事をせずに、冷ややかに据わった目でバン!!と力強くバスルームのドアを閉めた。



「…………。」
ザー…と、シャワーがタイルを叩く音。
バスルームから漏れ聞こえるその水音に、ようやく美柴はゆっくりと一息ついた。
疲弊した身体で ドアの横に座り、背中を壁に預ける。

それは、久々に味わう一人の時間だった。
この数日間、あの詐欺師に散々振り回された気がしてならない。

「…………。」
その原因である手錠は、美柴の左手首にブラリとぶら下がっている。
美柴はそれを掲げて、じっと見つめる。

(……輪っかが二つ…)

ふと、気絶する瞬間に見えた幻を想う。
そして 心の奥に沈んでいる記憶が蘇る。


それはほんの一年ほど前に、とあるレストランでの出来事。

「…これ、返すよ」
そう言って 突き返されたのは、ダイヤが光る小さな指輪。
「え」と驚く美柴に、相手は淋しげに微笑む。
「鴇って優しいよね。だからいつも相手の望むように、相手が喜ぶように…。でも……」
茫然としている美柴の手を取って、相手は貰った指輪をその手の中に握らせる。

「でも、本当の鴇はどうしたいの…?本当に、鴇はこうしたいと思っているの…?」

少し責めるように呟かれたその言葉に、その時、美柴は何も言い返すことが出来なかった。


(………そんなの、俺にも分からない…)
思い出した過去に酷く打ちのめされて、美柴はゆっくりと目を閉じた。




「美柴ぁ、次お前が入れよー…っと?」
シャワーを終えた中条が、ガウンの紐を結んで ドアノブを回す。。
ドアを開けると、傍らに座った美柴はすーすーと静かな寝息で眠っていた。
「・・・・。」
よほど疲れているのだろうか。
中条が目の前に屈んでも、美柴に起きる気配はない。

(……無防備にもほどがあんだろ…)

こんな調子で、よくも刑事がやってこれたものだ。
そう呆れる反面、中条はしげしげと熱心にその寝顔を見つめる。
「………、…」
見つめていると、なんとも言いようのない焦燥感を胸の奥に感じる。
起こさないようにそっと頬に触れて、撫でてみる。
冷たくて さらりとした肌触りだった。

「……………。」

ちゅ、と額にかする程度の柔いキスをした。
こんな気持ちでキスをするのは、初めてだ。
眠っている姿に、異様な愛おしさを 感じるなんて、……初めてだ。



━━━━


「……ん…?」
目を覚ますと、ベッドの中にいた。
身に覚えのない状況に 美柴は思わず眉を寄せる。
もふもふとした居心地のいい布団と枕に、まるで埋もれるように横たわっていた。
そして隣には、裸のままの中条が枕に頬杖をつき こちらを見つめていた。

「お目覚めだな、刑事さん?」

その詐欺師らしい胡散臭い微笑みに、美柴は息を飲んで凍りつく。
「・・・・・・。」
ニヤニヤと楽しげな中条の視線を、(まさか)と一拍の間 見つめてしまう。
そして恐る恐る強ばる手で布団の中を覗き込んで、自分の身体を見た。

一糸纏わぬ全裸である。

「―…っ!?」
ザッと血の気の引いた顔をする美柴に、中条は堪えきれずにハハと吹き出して笑い始める。

「冗談だよ、ジョーダン」
「何が…っ、どこが…っ」
「だってお前も服ずぶ濡れだっただろ?さすがにそのままにしたら風邪引くと思ったからさ」
「〜だからって…!」
「いや、マジで何もしてねぇーよ。意識ない時に…なんて不粋な真似はしない。…安心しろ」
「……〜」

途端に いつもの軽口とは調子の違う、真面目で穏やかな声色。
そんな風に見つめて言われると、美柴もつい反抗心が薄れてしまう。
(……〜卑怯な男だ…)
美柴は黙って中条を不服げに睨んでから、逃げるようにバフ!と枕に顔を埋めてしまう。

むぅとした顔を見せて スネてしまった美柴に、中条は少し笑って言葉を続ける。
「服、ランドリーサービスに出してるけど。まぁ乾かすだけだから、すぐ返ってくると思うぜ」
それから、ベッドの傍らに置いておいた手錠を取り上げる。

「これはどうする?」
「…いい。」
美柴は小さな溜め息混じりに、枕の中に呟く。
「あんただって、全裸で逃げたりしないだろ。それに……」
脳裏に過ぎったのは、寝落ちる前に見た過去の残像。

「……輪っかで繋ごうなんて、悪趣味な話だ…」

しん、と少し重い沈黙。
中条はその言葉に引っ掛かりを覚え、枕に埋もれる美柴を見遣る。
でも美柴は何かに思い詰めて 顔を上げようとしない。

布団から覗く美柴の背中には 綺麗に肩甲骨が浮き上がった見えた。
「………身体、冷えてんな…」
その凹みを中条の指が 優しく撫でる。
ヒクリ!と美柴は思わず身体を震わせた。

「…なぁ?美柴もシャワー、浴びたほうが良いんじゃねぇーの?」
「…俺はいい……〜ッ」
するすると 中条の手が美柴の背中を這う。
後ろから抱きすくめるような形で、中条は美柴の耳朶を甘く噛んだ。
「じゃあ、俺があたためてやろうかな」
「ッ…!」
ぞわりとする低い声に、美柴はきゅっと枕を握る。
耳朶を舐める舌が、徐々にゆっくりと背骨のラインをなぞっていく。
つつーと肌を下っていく生温かい感触に、美柴は唇を弱く噛む。

背中を撫で回す手のひらが、じわじわと腹や下半身に迫っていた。
中条の舌は、より一層いやらしくぬめって動く。
「…ッん…や、めっ」
また、この甘い衝動に流されてしまう。
そう危機感を感じた美柴は 振り向きざまに布団を勢いよく捲り上げた。

「〜ッいい加減に…!!」
いい加減にしろ、と続くはずだった言葉を、美柴は目を見開いて飲み込む。

「なんであんたは着てるんだ…!?」
脱がされた自分同様、風呂上りの中条も全裸なのだろうと思っていた。
しかし実際は、中条は下はきちんとズボンを履いていた。
「なんで…服はランドリーに出してるって…」
「お前のはスーツだから時間掛かるんだってよ。俺のは上も下ももう乾いてる」
「〜だったらなんで上を着ない…ッ」
「生肌で触れたかったから?」
「〜〜〜!!」
中条はケロリと白状し、悪びれる様子もない。
その薄笑いに憤慨している美柴の傍らで、携帯が鳴った。

怒っていた美柴は、慌ててそれを取る。

「はい、美柴です。…はい、…えぇ、こちらも問題ありません。今ですか…?フェリー港近くのホテ、ルです…」
ドキリ。
美柴は微かに言葉を詰まらせた。
後ろから、中条が静かに抱きついてきたのだ。
「ッ…はい、大丈夫です……はい、〜ッ」
受け答える美柴を追い込むように、中条の手は美柴の腹を撫で、乳首を摘む。
「はい…あの、ちょっと…〜ッあ、の、〜ちょっと待って下さい!」
なんとか耐えていた美柴だが、中条がちゅぱとそこに唇を吸い付かせると、ビクと身体を震わせて根を上げた。
受話口を手で覆った美柴は、中条を押し返して キリリと睨む。
「〜ふざけるな…ッ」
向こうに聞こえないように 小声でそう叱りつける。
しかし叱られた中条は、甘えるように美柴を見上げた。

「…なぁ美柴。俺のこと好きか?」

てっきり、悪戯が成功した中条は笑っているのだろうと思ったのに。

「……何言ってる、こんな時に…」
「こんな時だからだよ」
中条からは悪ふざけや茶化す素振りは一切消えていた。
じぃと強い目線が美柴を見つめる。
どんな些細な感情も見逃さまいとする、深い眼差し。

「…〜なんで、」
「これでもう本当に、しばらく会うこともなくなるかもしれない。だから、聞いておきたいんだよ」

中条はサラリと美柴の前髪を退かす。
そうして、その顔が逃げないように 手の平で頬を包んだ。

「なぁ…美柴…。俺のことが好きか…?」
「っ、〜」
心臓まで射抜くような視線の重みに、美柴は息を止めた。
こんな時どうすればいいのかなんて、教わったことがない。
胸が苦しい。まるで本当に銃で撃たれたようだ。
ぎゅっと手が強張って、布団を強く握りしめる。
苦しくて、苦しくて……苦しすぎて。



美柴は、中条から目を反らした。



「……そんなわけ、ないだろ…」


苦し紛れの言葉だった。
それ以外の言葉が美柴には思いつかなかった。
「…………」
中条がその瞬間どんな表情をしたのか、目を背けた美柴は知らない。

中条はただ黙って、一度だけ、美柴に強引な押し付けるような名残の残るキスをした。


パチン。
金具の締まる音。
くちづけの最中 小さく聞こえたその音に、美柴はハッと目を見開く。
音の方に目を向けると、自分の手首にぶら下がっていた手錠が、ベッドのヘッドパイプが繋がっていた。

「………な、に?」
しばし呆然とその繋がった手首を見る美柴の上から、中条はそっと身を引く。
美柴から目を反らし、何も言わず、ベッドから降りた。
「な!?逃げるのか…!」
慌てて 美柴は身を起こす。
ガチャン!と手錠がベッドに引っ張られて音を立てる。
金具が手首に食い込むのも厭わずに、美柴は何度もガチャガチャと手錠に抗う。
その間に、中条は静かに上着を羽織り、身なりを整える。

「〜さっきあんた、逃げないって、言っただろ…!!」
一度もこちらを振り向かない中条の背中に、美柴は叫ぶ。
「逃げるな…!待て!」
なんとかして手錠から抜け出ようとするのだが、所詮は無謀な挑戦だ。

中条は、必死に抗う美柴を振り返る。

「…逃げたのは、お前のほうだろ」

冷ややかな笑みと、諦めたような静かな声。

「―…、」
美柴はその言葉と表情に、ハッと言葉を失う。

中条はそれだけを言い残し、部屋を出ていった。
もう、美柴には引き止めることも出来ない。
パタリと静かに閉まったドアを見つめ、愕然とした。

「……なんで…」

誰もいない部屋の、大きすぎるベッドの上で、美柴は一人小さくうずくまる。

(…なんで俺は………)

後悔に身体が押しつぶされそうで、訳も分からず泣いてしまいそうだった。




ホテルを出た中条は、一人煙草に火をつけて裏路地へと姿を暗ませる。
嵐の過ぎた夜風はひやりと冷たく、中条の身体から熱を奪う。

(あー…なんか……右手が軽くなっちまったなぁ…)

押し寄せる喪失感を誤魔化すように自嘲的に嘲笑って、煙草の煙を吹き出した。


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