小説 | ナノ


▼ あなたのためならどこまでも2

■続・中村明日美子著「あなたのためならどこまでも」パロ。結婚詐欺師中条×刑事美柴。



ふわふわと、水面を漂っているような不確かな感覚。
あぁ…これは、夢が覚める前兆だ。

美柴はその曖昧な感覚の中、ぼんやりと思考する。

やわらかくて、あたたかい。
懐かしさすら感じるこの感触…。
なんだ、この、………

瞼を そっと開いた。
目の前にあったのは中条の深い眼差し。
まるで眠り姫にするような 優しいくちづけが、美柴の唇に触れていた。

「ッ!?」

固く握られた拳で見事に鼻の頭を殴打する音が、砂浜に響いた。


「〜痛ッてーな、美柴てめぇ…!」
「変態が」
「だからって鼻に一撃食らわすことねぇーだろーが」
色男に鼻血というのも ざまあみろ という気分ではあるが、美柴はきちんと持っていたハンカチを中条に貸してやる。

「自業自得だ」
「お前が全然起きねぇーからだろ?」
冷ややかな美柴に 中条は「くそ」と舌を打って、鼻にハンカチを当てる。

はぁと溜め息を吐いて、美柴は辺りを見渡す。
「・・・・。」
ざざーん、と繰り返される波の音。どこまでも続く白い砂浜。
何もない浜辺で、中条と美柴は 相も変わらず手錠で繋がったまま座り込んでいた。
「・・・・。」
思わず、美柴の目が遠くなる。

「……ここはどこだ…」
「無人島だな」
サラリと返ってきた答えに、美柴はさらに目を据わらせる。

「……成り行きを説明しろ」
「あ?何だ、全然覚えてねぇーのか?」



今こうして不本意にも右手と左手を手錠で繋いだこの二人の男。
一方は刑事であり、一方はその刑事に逮捕された詐欺師である。
美柴は一年間マークし続けた中条伸人を ついに逃亡先のとある離島で確保した。
しかし、その島は大変な過疎地で、フェリーの運行は土日のみだという。

ずいぶん面倒なことになっている。
「……。」
白い浜辺に二人きりという今の状況に、美柴は居心地が悪く、自由が利く右手できゅっとネクタイを締めなおす。

フェリーに乗り損ねた二人は漁協の人にお願いをして、本土まで船を出してもらうこととになった。

「なのにお前がひどい船酔いしやがって。吐くだけ吐いたあげく、しまいには気ィ失っちまって…」
(……そういえば、そうだった)
中条の説明を聞いているうちに 美柴もぼんやりと船に乗っていたことを思い出す。
「その後に 大波で船が転覆しちまったんだよ」
「……転覆?」
目を丸くする美柴に、中条はそうだと頷き返す。

転覆した船から放り出された中条は、意識のない美柴を海の中で懸命に抱え、荒波を乗り切ってこの浜辺にたどり着いた。
……のだと、中条は説明した。

「―…嘘だろ。」
ザックリと無表情で言い捨てる美柴に、中条は薄く笑う。
「嘘じゃねぇーっつーの。マジで命カラガラだったんだぜ?無人でも近くに島があってラッキーだった。あのままじゃ、さすがの俺でも沈んでたな。そしたらお前と心中するはめになってたわ」
「・・・・・。」
どうにも胡散臭い気がしてならないのだが、目の前に広がる海と砂浜は、無人島のそれだと言われれば 納得せざるを得ない。

はーぁ、と深い溜め息で気持ちを切り替えた美柴は、立ち上がる。

「とにかく、周辺を探索する。無人島でも、何か連絡手段くらいは、」
そこまで言って、グイと身体が引っ張られた。
見れば、手錠の先にいる中条は座ったまま動こうとしていない。
「……立て。日が暮れたら動けなくなる」
「あー…立ちたいのはヤマヤマなんだがな…」
「?何だ」
言葉を濁した中条に、美柴は眉を潜める。

「…いや、なんつーかよ…」
中条は 少し遠慮気味に、ズボンの裾をめくり 片足首を美柴に見せた。
「……、…」
その足首に、少し血の滲んだハンカチが巻かれていた。美柴は一瞬言葉を失う。
「……どうしたんだ」
「転覆した時に板か何かで引っ掻いたんだと思うけどな。そんな大した傷にゃなってねぇーんだけど、さすがに当てもなく歩き回るのはキツ」

「―…手錠を外す。」

飄々と言う中条の言葉を遮って、美柴は静かに、しかしはっきりと強くそう宣言した。
「…は?」と呆気に取られる中条を置いて、美柴が胸ポケットから手錠のカギを取り出す。

「…俺が、一人で行く。傷口から感染症になる恐れもある。あんたはここで休んで…」
そう言いながら手錠を外そうとした美柴に、中条は手を伸ばした。
ヒョイとカギを取り上げると、軽々と、躊躇なくそれを海のほうに放り投げた。

「な、!?」
ヒュン!と風を切った小さなカギは、ぽちゃんと可愛らしい音を立てて 水面に消える。

表情なくそれを見送った中条と、目を見開いて衝撃を受ける美柴。

「〜何するんだ…!」
気は確かか、と美柴は中条に詰め寄るが、中条は慌てた様子もなく美柴を見つめる。
「置いていくなよ。お前と離れたら、俺寂しくて死ぬかもしれねぇーぞ。ウサギみたいに」
「〜〜胡散臭いこと言って誤魔化すな…ッ!!」
そう中条を叱りつけて 捨てられたカギを探そうとするが、繋がった手錠と中条の足首の怪我を思い出して、美柴はぐぐっと思いとどまる。

「〜…」
そして、仕方なく中条の隣にペタリと座り込む。
心底困ったような顔を見せる美柴に、中条はふふと笑む。

「船が転覆したのは情報が行ってるはずだ。そのうち助けが来るだろ」
そう言っているうちに、日は暮れ始め、砂浜は夕暮れ色に染まっていく。
「・・・・。」
確かに綺麗な景色ではあるが、今はそんなのどかな風景に酔っている場合ではない。
本格的に夜を迎えたら、どうしたものか。
この季節、夜はもうかなり冷え込む。
二人とも海でずぶ濡れになった後だ。中条の怪我もある。
体調を崩してしまうかもしれない。
そう真剣に悩む美柴に、中条が羽織っているジャケットの前を開けて 広げて見せる。

「…なんだ」
「入れよ、ここ。足の間。後ろから抱いてやるから」
「……冗談なら今はやめろ」
プイと顔を反らす美柴を、中条はやれやれと笑う。
「突っ張るなよ。寒ィーだろ?」
「平気だ」
「意地張る必要ねぇーじゃねぇーか。……誰も見てやしないんだからよ…」
そうして、中条が美柴を後ろから抱くように体勢を変える。
繋がっている手錠が絡まないように 気を遣いながら…。
「………〜」
美柴は繋がった手首を操られながら 後ろから包まれることに抗わず、しかし若干不本意そうな表情で 黙っていた。


「………。」
しばらくすると、背中から身体全体に中条の体温が伝わって、ポカポカと暖かくなってくる。
しんと言葉もなく くっついていたのだが、ふと中条が囁く。

「…助けなんか、来なきゃいいのにな」

きゅう、と後ろから抱かれる力が強くなり 美柴は少し肩を強ばらせる。
頬に添えられた中条の手が、こちらを向けと強要してくる。
後ろを向きつつも、美柴は間近に見つめ合うことを躊躇って、視線を反らす。

「―…本気だ」

気持ちのこもったその低い声が、美柴の拒否する気持ちを押さえつける。
「〜…」
触れ合う唇に抗えず、侵入してくる中条の舌に翻弄されてしまう。

(……どうかしてる…こんなの、)

流されていく身体の甘さを自覚しながら、美柴は頭の中で何度もそう呟く。
「…ッん、」
深く深く、舌を押しつけあって 口の中で絡んでいく。
ネクタイを解かれて、ボタンが一つずつ外されていくのが分かる。
自然と息が上がって、鼻に抜ける吐息に弱い声が混ざる。

「っん!」
きゅっ!と強く両方の乳首を両手で痛いほど摘まれた。
痛いと眉を寄せる美柴に、中条はふと甘く笑う。
痛めつけたそこを労わるように、今度は羽根で弄るようにさわさわと撫ぜる。
「〜ッあ、…っ」
焦れったい感覚に うっすらと目を開けた美柴が、その瞬間、ハッと大きく目を見張った。

(なんで両手…!?)

ガチャリ。驚いた美柴が身体を動かそうとすると、両手に違和感を感じた。
「・・・・・。」
手錠が繋いでいるのは、中条と自分ではなく、どちらも自分の手首だった。
不自由な美柴の両手に反し、中条は自由な両手で美柴を抱いている。

「……な、んで…?」
「ほんとにカギ投げ捨てたと思ったのか?まぁ、カギなんざなくても外せるけどよ」

中条が投げたのは、直前に手の中に忍ばせた小石だった。
投げる瞬間 手品の要領で、中条はカギをジャケットの裾に落とし、代わりにその小石を投げたのだ。

「〜〜〜!!!」
種明かしされた美柴は言葉もないぐらいに憤り、両手で中条を殴ろうとする。
「〜〜この詐欺師が…!」
「ははっ、確かにな」
しかし拘束された手での反撃など、中条にとっては封じるのは容易い。
身を捩って逃げようとする美柴をしっかりと捕まえて、愛撫を強引に進める。
「〜〜ペテン師っ…んッあ、」
どんどんと進行していく中条の手が、美柴の弱い部分を曝け出していく。
「あぁ…そうだな、悪い悪い」
「〜〜…嘘つきッ」
暴れる美柴の手首を手錠ごと捕まえて、ドサリと砂の上に押し倒す。
腕が動かないように 頭上で括り上げ、足の間に身体を割り入れてしまう。
「…悪かったって。な?」
完全に美柴をホールドした中条は、ちゅっと美柴の鼻頭や額に小さなキスをして謝る。
「〜〜…」
こんなのは形だけの謝罪だと分かっているのに…。

「美柴ともっと、一緒に居たかったんだよ…」

降ってくる深いくちづけを、避けることが出来ない。
どうしても唇を薄く開けて、その舌の侵入を許してしまう。

(……どうかしてる…本当に……)

騙されていると、分かっているのに………。


「…は、ぁ…っぁあ!」
さっきまで散々虐められた部分が熱を持って、触られる度に快感を追い上げる。
呼吸が上がって苦しいのに、深く合わさる唇が解放されず、合間をぬってようやく酸素を吸い込む。
気を抜くと その瞬間に言葉にならない声が出てしまう。
「素直になればいいんだよ…」
中条が、少し笑ってそう言った。

「〜…んんッ、や、」
思わずその言葉に流されそうになった。

でも、どこか遠くで 船の音がした。


「あー!いたいた!良かった見つかってー!!」
そして、大きな声。
「!?」
美柴がぎょっと目を向けると、そこには海を割ってこちらに着岸する 漁船と、先頭で大きく手を降る漁協の親父さんの姿があった。
「いやぁ〜、あんたに言われてこの入江で降ろしたもののさ!!この辺は夜になるとクマが出るから!!心配になって迎えに来たんだよー!!」

「・・・・・。」


美柴が船酔いで吐くだけ吐いて 気を失った後。
「どうする?だいぶ辛いみたいだよ、あんたの連れ。一回島に戻ろうか?」
親父さんは中条にそう提案したが、中条はふむと周囲を見渡してから、笑った。
「いや、あの入江で降ろしてくれるか?」
「ええ?なんもないぜ?砂浜しか」
「ちょっと休憩すれば、コイツも良くなると思うから」

そうして降り立ったのは、出航した港からちょうど反対にグルリと回った位置にある入り江だった。
つまり、美柴達は未だにあの寂れた島にいるのだ。無人島なんかではなく。


「今夜はウチに泊まりなよ!母ちゃんにも許可もらってきたんだ!な!?」
迎えにきた親父さんは、船の上から割腹の良い笑顔でそう叫ぶ。
「あー!すまねぇーな、おやっさん!」
中条も 大きな声で船に向かって答える。
その下で、美柴は沸々と怒りを煮え滾らせる。

「〜〜アンタって奴は、本当に…ッ」
「じゃ。まぁとにかく今日のところは お言葉に甘えて世話になろうぜ」
中条は美柴の怒りなど無視をして、すくっと立ち上がる。
そして 散々弄ばれて腰に力が入らない美柴に、肩を貸そうとする。

「・・・・・おい、」

すっかり忘れていたが、中条は足首を怪我していたのではなかっただろうか。

「………アンタ、足は……」
「…あ。」
中条は美柴の指摘に、「しまった」という顔を見せる。
その表情で美柴はさらにギロリと目の色を変える。
中条の足首には確かに 血が滲んだハンカチが巻かれている。

「…説明しろ。そのハンカチはなんだ」
「…あー…いや、これは…」
美柴からの全身全霊の怒りのオーラに、さすがの中条も苦笑いで言い淀む。

「最初にお前にぶん殴られた時の鼻血の…」
「絶対に訴えてやる…!!!」

みなまで言わせず、美柴が怒鳴りつける。
ブン!と手錠のかかった両手を中条の胸に思い切り叩きつけた。
「痛ぇーって!おい、コラ、暴れんじゃねぇーよ!」
「うるさい…!この変態詐欺師が…!」
「大人しくしろ、カギ外さねぇーぞこのバカ刑事が!」
「あんたにバカ呼ばわりされる覚えはない…!!」
「いいから落ち着けっつーの!」

白い砂浜と美しい夕日の中で、ぎゃいぎゃいと小競り合いを始める二人。
しかし事情を知らない親父さんは、呑気に二人に手を振った。


「ほら、早く乗りなお二人さーん」


そうして、今日もまたこの島で、日は暮れていった。



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