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▼ あなたのためならどこまでも

■中村明日美子著「あなたのためならどこまでも」パロ。結婚詐欺師中条×刑事美柴。



「14時22分。中条伸人を確保しました。本日中に署へ連行します」


カモメが鳴く涼やかな田舎の小島。
この港に 手錠で繋がった男が二人。


「…すみません、電波が悪くて……、もしもし?」
雑音の酷い携帯に小首を傾げるのは、若い刑事 美柴鴇。

「…??もしもし?」
「無駄だと思うぜ?この島、電波悪くて通話が5分ももたねぇーんだよ」
繋がれた手錠をジャラリと掲げて、興味も無いような声でそう告げるのは、刑事が追っていた結婚詐欺師 中条伸人。

「…………。」
通話に手間取る刑事の横で 余裕綽々と煙草の煙を吹かす中条に、美柴はギラリと一瞥をくれてから 小さく溜め息を吐く。
「…とにかく、状況報告は出来た。あとはフェリーで本土ま」
「フェリー、夜まで来ねぇーよ」
「……本当か?」
唖然と見上げる刑事を嘲笑い、中条は煙を空に吹かす。
「因みに夜逃すと一週間来ねぇ。土日しか運行してねぇーんだとよ」
「…………。」
ならば夜の便には必ず乗らなくては。
今の時間を確認しようとした美柴を見て、中条は あーあと伸びをする。
繋がれた腕が引っ張られ、美柴は腕時計が見えない。
「…おい」
「なぁ、つーか腹減った。どっかで飯食おうぜ」
「…………。」
確かに、昼飯を食っていない。
どうせ夜まで出来ることはないのだ。溜め息を吐いた美柴は 渋々と食事を承諾した。



「あ、コレ?そうゆうプレイの最中なん」
「罰ゲームです…っ」
小さな島にある大衆食堂で、手錠で繋がった男二人はかなり悪目立ちしていた。
客や店員の奇異の目に、美柴は中条の薄笑った言葉を遮って そう訂正する。
「〜…」
厄介なことになってしまった。
居心地悪げに湯呑に口をつける美柴に、中条は笑う。
「やなら 外しゃいいのによ」
「……丸々一年お前に張り付いてきたんだ。ここで逃がしてたまるか」
現に、確保されたというのに 中条にはありありとした自信と余裕がある。
どうせ いつでも逃げられると踏んでいるのだろう。
なめられているのだ。気にくわない。

「へぇー。ずいぶん愛されてんだなぁ、俺は」
そう茶化して口で割り箸を割っていると、横から刑事のキリリと厳しい監視の眼差しを向けられた。
中条はその刑事の口元に、カツ丼を乗せた箸を突きつけてみる。
「お返しに あーんしてやるよ。ほら、口開けろ」
「結構だ」
「右手で箸使えんのかよ?」
「…ッ!…だから、左手を使わせ、ろ、って…〜!!」
中条が右手を動かせば、自然と美柴の左手はそれに吊られてしまう。
美柴が左手で箸を持っていても、中条が自分勝手に右手を動かすせいで 食事を口に運ぶことが出来ない。
「ほら、いいから大人しく口開けろって」
「〜ふざけるな…ッ」

(つーか、自分の利き手繋いじまうんだもんなぁ、こいつ)

刑事がムキになればなるほど面白くて、中条はくくと口元を笑わせる。
結局 中条が食べ終わった後で 美柴が食べる形で落ち着いた。
ようやくの昼食に 美柴はやれやれと息をついて、箸を持つ。
まるで礼儀作法の見本のような食事の仕方。
整然と箸が運ばれる唇や 人形のように整った横顔を、中条は飽きもせずに じっと見ていた。


「……あーあ、見事に海しかねぇーな」
「…分かってる」
食堂から 港に戻ってきた二人は、呆然と並んで目の前に広がる海を見る。
どれだけ目をこらしても フェリーがやってくる気配はない。
まだまだ、夜の便は遠い。
「美柴ぁ」
「呼び捨てにするな」
「小便してぇーんだけど?」
「我慢しろ」
「はぁ?手錠外れるまであと何時間あると思ってんだよ」
「……俺だって我慢してる。我慢しろ」
「なんだよ、じゃぁ連れションでいいじゃねぇーか」
「…我慢しろって言ったんだ」
「別に、んな意識することでもないだろーが。それともナニか?お前は俺と連れションする事に ふしだらな邪念でも浮かぶってか?」
憎たらしく にやんと挑発的な中条の笑み。
「そりゃそうだよなぁ。一年も俺のストーカーしてたんだもんなぁ?俺も無神経だったわ、悪い悪い」
「〜〜〜ッ」
その表情に おいそれと引き下がれないのは、刑事だからなのか はたまた美柴の性格だからなのか…。


「……こっち見たら射殺する」
「物騒だなおい」

結果、二人は電柱の影に身を潜めて 連れションと相成った。
手錠のせいで片手しか使えずに 互いに不便だったが、それでもようやくの開放感に一息つける。

「…………。」
射殺の警告を受けたが、もちろんそんなものは無視をして 中条は隣の刑事を盗み見る。
自分より頭一つは低い背丈。体躯も華奢で、これで本当に刑事なのかと疑わしくなる。
二人の間、手錠で繋がれた右手と左手。
中条の右手が、つつつと 美柴の腿をスラックス越しに撫ぜた。
「っ!?」
ビクリと肩を強ばらせた美柴は 慌ててキリと中条を見上げる。
「悪い悪い、冗談だって」
威嚇された中条は 触れていた手を上に上げて、降参を表す。
しかしやはり表情はくくと薄く笑っていた。


「……あと10分」
長かった日はようやく暮れ、二人はフェリーの待合室に居た。
小さな寂れた島だ。他の客は一人もいない。
チケットを買って 待合室にいるのは、二人だけだった。

ベンチに座り込むと、心無しかげんなりと肩を落としている美柴に、中条が眉を上げる。
「大丈夫かよ。すげー顔色してんぞお前」
「…うるさい」
さすがに疲れが隠せず、美柴は胸の奥から深い溜め息を吐く。
「……だいたい、こんなへんぴな島に何の用だったんだ…。アンタがこんな所に来なければ、もっと簡単に連行できた…」
「でも悪くない眺めだったろ」
中条は窓の向こうの海を見やりながら、それまでの詐欺師のそれとは違う ふと静かな笑みを見せた。

「お前に、見せたかったんだよ」

その横顔に、思わず美柴は言葉を失う。
相手が詐欺師だということも忘れてしまう。

「……なに?」
「…お前も知っての通り、俺は家族とか特別な誰かなんて居ない人間だからな。お前が張り込みとか尾行とかして、俺についてくるのが……なんつーか、ちょっと嬉しかったな」
「…………別に俺はアンタを見守ってたわけじゃない…」

おはようからおやすみまで。確かに自分はこの男を張ってはいたが。
そんな献身的な母親のような行動だと思われていたとしたら心外にもほどがある。

「!もしかして、俺が尾行してると知ってて わざとこの島に…ッ!」
気がついた時にはもう遅い。
グイ!と強い力で頬を手の平に覆われて、目の前が真っ暗になった。
噛み付くようなキスだった。
「…っ!?」
声を上げようとした隙間を、中条の舌が忍び込んでくる。
胸を押し返して 逃げようとしても、片手は手錠で思い通りにならない。
「〜〜…ッ」
それでも なんとか嫌々ともがいていると、ぷは、と唇が解放された。
「…な、に…〜ッ」
批判も言及も出来ずに 狼狽している美柴を見つめて、中条はもう一度、今度はその額にちゅと小さなキスをする。
「っ!」
咄嗟に目を閉じて ビクと身体を竦める美柴が可愛く思えて、ふと笑ってしまう。

「いいじゃねぇーか」
そうして中条は美柴の顎を捕えて その視線を逃がさない。

「…もうしばらく、会えなくなるんだから」

バチリと交差する視線。
このまま連行されていけば、丸一年の逃亡劇も終わる。
追われる詐欺師と 追う刑事。そんな関係も、終わってしまう。
最初は互いに敵対し 疎ましかったはずなのに、今や相手の存在が生活の一部になっていた。

「……〜」
ふいに込み上げてくる感情は、寂しさだろうか。愛惜しさだろうか。
困ったように俯いてしまう美柴を、中条はそっと覗き込む。
「…な?」
同意を求めるその囁きは、なんとも甘い声だった。
さわりと 中条の指先が美柴のシャツに触れる。ボタンを外そうとする。
直に肌に触れる指先に「駄目だ」と言い切れない美柴は、唇を噛んで 中条の指の動きに堪える。

「…〜誰か、来る…」
待合室のドアの向こうから、どやどやと人の気配が近づいてきていた。
「…じゃあトイレ入んぞ」
「!そうゆう意味じゃ、」
こうゆう時、手錠は便利だ。
中条は無理矢理美柴を引きずるように立ち上がり、手錠を引っ張って トイレに篭った。
美柴は 流されている自分をその手錠のせいにして、中条の後に続いた。



「…んッ…っ」
「あんまり声出すと外に聞こえちまうぜ?」
「〜…!」
解かれたネクタイとシャツ。手錠で繋がった手首は頭上高く引っ張り上げられて、狭い個室の中で逃げる隙もない。
中条も自由が利く手は右だけのはずなのに、巧みに動くその手はいとも容易く 美柴のベルトをも解いていく。
喉元から胸元へ つつと強く押し付けるように伝っていく中条の舌の感触に、うぅっと思わず喉が引き攣った。

「……こ…こんなことして…ッん」
胸に降りた舌が乳首を捉え、弄ぶ。柔い唇にきゅっとそれを摘まれる。
「こら、静かにしろって言ってんだろ…?」
笑みを含んだ声でそう囁かれ、美柴はギリと中条を睨む。
「公務執行妨害と、っん…はぁ…ッわいせつ罪で訴え……訴え…るっ」
先ほどよりも小さな声で懸命にそう告げる美柴に、中条はふと笑う。
手はスルスルと下着の中に入り込み、取り出した性器を撫でて苛める。
「〜〜ッ…や、だ」
ガチャと手錠で繋がった手首が暴れるが、中条は頑として右手を引っ張り、美柴の左手から自由を奪う。
「ッはぁッ…〜んんッ」
「……俺がムショに入っても、接見とか来いよな…」
爆発しそうな美柴の熱を手の中でぬるぬると上下させて、中条は真っ赤な美柴の耳朶を甘噛む。
握った性器の先端にねじ込むように 親指を擦り付けると、美柴は息を飲んで身体を強ばらせた。
限界の近い美柴は 中条の声の辛辣さに気づく余裕もなく、コクコクと小さく何度も頷く。
「…ッ行く、行く…っ行くから、…ッそれ、やめ、ろ…ッ」
「はっ…イクイクって、やらしいなぁ?」
必死な美柴の懇願に、中条は満足げに笑う。
スラックスと下着をずるっと下に落として、手錠の繋がった右手を美柴の後ろに回す。
「!何して」
「慣らさなきゃ、だろ…?」
中条の指先が、後ろを解そうと卑しく動く。
「っやめ」
美柴がその動きに ハッと顔を上げて抗う。

その時、外から ボー!という船の汽笛が大きく鳴り響いた。

「……ッ!?」
「……あーぁ」
個室の小窓から、海が見えた。
そしてその暗い海のずっと先に、フェリーの明かり。
明かりは、島から離れ 海の向こうへと消えていこうとしている。

「あ、あのフェリー…!」
「本土行きだな?」

完全に、二人は乗り過ごした。

「乗らないと…っ!」
「いやもう無理だろ。車は急には止まれないって言うし」
「うるさい…!だいたいアンタが…!」
あわあわと慌てて腕の中から逃れようとする美柴を、中条は呑気に笑う。

「ま、いいじゃねぇーか。次の船でよ」
「〜〜次は一週間後だろ…!?」
「痛ぇーよおい、殴るな殴るな」

先程までの甘く耐える表情は何処へやら。
噴気して中条の顔をぐぐぐと押しやる美柴に、中条はやれやれと息をつく。

「…ったくよ。本当お前ってバカなのな」
刑事に対してとんだ無礼な物言いであるが、しかし美柴はそれを聞いているどころではない。
「電話ッ 本庁に連絡しておかないと…」と 中条を無視してもう仕事の顔である。
その様子を はてと見つめて、中条は にやりと静かに口角を上げた。

「……逃げらんないってのが、分かんねぇーのかねぇ?」

呟いたその言葉は、美柴には聞こえない。

そう、逃がすつもりがないのは……こっちの方なのだ。

繋がれた手錠は、まだまだ二人を離さない。




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