小説 | ナノ


▼ 君と僕と歌と、



斉藤は、拾ってきたアンドロイドの回線を直す際、記憶を司るシステムには一切触れなかった。
他のシステムをいじる時も、記憶にバグが起きない事を念頭に置いて作業した。
そのアンドロイドの状態や捨てられていた状況を見れば、おそらく主からかなり酷い虐待を受けていたのは明らかだ。
アンドロイドの中には 視界映像を記録しているファイルも存在する。
本当は、アンドロイドからPC上へとロードしたファイルと睨み合い、どうするか迷った。
映像を確認すれば、持ち主はいとも簡単に判明するだろう。
アンドロイドへの虐待は違法だ。そいつを罰することだって出来る。

けれど…やはり斉藤はアンドロイドの過去のファイルを開くことはしなかった。

何も知らない自分が 「可哀想だから」なんて言い分で彼の過去を覗き見たり すべてデリートしてしまって良いとは思えなかった。
知り合いの久保田には 「どんな持ち主だったかぐらいは知っておかないとのちのち面倒になるかもしれないよ」と釘を刺されてはいる。
そして、「斉藤くんがメモリーを消さなかったのって、『可哀想』だって思ったからなんじゃない?」とも。


「……相変わらず痛いこと突いてくるよなぁ、久保田さんは…」
思わず 喉の奥から重い声が溢れる。腕時計を見ると、昼を指していた。
「…あれ。もうこんな時間かぁ」
手は調子の悪い回線に動かしながら、頭の中ではぐるぐると考え事ばかりしてしまっていた。
もう小一時間も修理に奮闘しているのだが、少しも集中出来ない。
「〜あー、ひとまず休憩!」
地べたに胡座を組んで 目の前の大型テレビを見る。
このテレビは直ったらきっとすぐに貰い手がつくだろう。
そして新しい持ち主の為に 自分の仕事を全うする事が出来る。

『別の人間の玩具にされるなんてごめんだ…!』

正直、ボーカロイドを拾ったという事実には舞い上がったし 修理も半ば好奇心だった。
(……そうだ。直したのだって、俺の…人間の勝手だ…)
頭上からじりじりと暑い日差しを受け、流れる汗が目に痛い。
眼鏡の下から グイとTシャツで汗を拭い、溜息を一つ吐く。
黒いディスプレイに反射する自分の顔が、酷く情けなく見える。
そんな自分自身にあっかんべーと舌を出してから、小屋に戻ることにした。


照りつける日差しから逃げるように家の中に戻ると、途端に顔に何か柔らかいものが命中した。
「へぶ!」
鼻と口を直撃したそれを手に取ってみると、一枚のフェイスタオルだった。
そして目の前には これを投げた張本人。
セーフティーの無いボーカロイドは、こうして遠慮なく人間に物を投げる事が出来る。と、証明された。

「…汗拭け。あと、水」
次いで渡されるのは水のペットボトル。
「あ、サンキュです」
思わぬ気遣いに 思わず放心して アンドロイドを見つめてしまう。
「……何だ。」
「いや、あのー、トキさんもしかして俺の事待っててくれたりしました?」
ヘラりと笑うと、今度は鼻の頭にカップラーメンの容器が直撃した。

「俺が待ってたのはジープだ。」

こうして一緒に生活してみて気がついたのだが、このボーカロイドは案外気が回る。
飼っている犬のジープとも 最初はどう接すればいいのか分からずにいたようだが、最近はどうやら仲良くやっている。
今はあまり外に出たがらないが、もう少し心が解けたら 一緒に買い物や仕事に出掛けられるかもしれない。

「トキさんはコック機能はインストールされてないんスよねぇ」
ズルズルと昼食のインスタントラーメンを啜りながら そう言ってみると、ベッドに座ってジープとじゃれていたボーカロイドは顔を上げた。
「…何か食べたいのか?」
「ハンバーグ!チーズ入ってるやつね…!美味いんスよぉ トキさんも食べられたら良かったのに!」
「……そうなのか…」
トキは 少し考えながら相槌を打つ。
アンドロイドには食事が必要ない。料理が出来るのは レストランや食品加工で利用されるアンドロイドだけだ。
けれどそういったシステムをインストールすれば、家庭料理ぐらいならば問題なくこなせる。

「今度インストールしてみます?料理出来たら結構良くないっスか?」
「犬のエサなら作る」
「いやそこは俺の飯作って…!!」

もちろん、トキが嫌がるのなら無理強いはしない。
ただ、もう少し楽しそうな顔が見たいのだ。
日がな人間を警戒して、隠れるように生活している姿を見ていると、どうしてももっと自由に色々体験してもらいたくなる。

…一度、深夜に家の裏から ぎこちない旋律が聞こえた事がある。
「いまー……いまー……」と何度始まっても同じフレーズで止まり そこしかリピートされない、壊れたレコードのような歌だった。
トキの、声だった。
『もう、俺は歌えない…』
その消えてしまいそうな歌声に 斉藤は胸が痛くて泣きそうになった。

ボーカロイドとして生まれたのに、それを全うできない苦痛。
その痛みから、なんとか解放されて欲しい…。
そう願わずには、いられなかった。

…next







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