小説 | ナノ


▼ 君と僕と歌と、



「暑いー!」
カップラーメンを啜り切った斉藤が、そう叫んでゴロリと床に転がる。
この狭い小屋の中で、その長身が大の字になって寝転がると 床には足の踏み場が一気に無くなる。
あまり綺麗とは言えない散らかった床に背中をつける斉藤を、トキはじぃと見下ろす。

この人間は、あまり掃除とか整理整頓には頓着しない。
あの横暴な主人は どちらかといえば潔癖で、屋敷でほこり一つでも見つけようものならメイドロイドを殴っていた。
だから、人間は総じてそうゆう生き物なのだと思っていた。

小屋の中で唯一空気循環に殉じている扇風機が、首を回す度にギコギコと軋んだ音を鳴らす。
これもきっと、廃棄場から拾われてきた物だ。
たまに調子が悪くなって 羽が回らなくなることがある。
「頑張れ」とその度に斉藤は修理を施し、なんとか直って動き出すと、ジープと並んで とても幸せそうな笑顔で風に当たる。
そんな表情を、毎日見ている。

「トキさん」
床で転がっている斉藤が、ふいにトキを見上げた。
床から見上げるとちょうどベッドに腰をかけたトキが逆さに見える。

「こっちに座ってくれません?」
と、自分の頭の隣をポンと叩いて示す。
「…なんで」
「膝枕、貸してください!」
ニカッと笑みを見せつけられ、アンドロイドの目が据わる。
「……寝るならベッド上がればいいだろ」
「ベッド暑いんスもん!炎天下の中頑張った俺に、ご褒美下さい」
「……。」
「30分だけ!ね?」
さっきまであんなに真剣な表情で仕事していた顔が、今や子供みたいに駄々っ子だ。
…子供には優しく接しろと、プログラムには記されている。
「……10分だけだ」
憮然とした様子でそう答えながらも、アンドロイドは少年の脇に降りた。



窓から入り込む柔らかい風。それを循環する扇風機の音。
アンドロイドの膝に頭をあずけ、うたた寝をする少年。
派手な音はどこからもしない。穏やかで 静かな空間だ。

「……。」
扇風機の前に寝ているジープの白い毛並みが、風でふわふわと揺れる。
見下ろせば、膝に仰向けの斉藤の寝顔。
それらを見ていると、奇妙な心地よさを胸に感じる。

今でも、人間のことは少し怖い。
あの屋敷で過ごした記憶は、ふとした瞬間に今もこの体を身震いさせる。
主人に似た声や姿が小屋の傍を通りかかると、体中の回線が凍る。
一緒に居ればそれだけで救われた、大切な相方も…もうどこにもいない。
絶望や失望のほうが大きくて 囚われてしまいそうなのに、自分はこうして動き続けている。
こんなにお人好しな人間に拾われて、……気遣われている。
『自分だけ助かった』
そんな罪悪感を感じているのも事実だ。
だけど、それ以上に 『良かった』と 思っている。

拾って、直してくれたのが、この人間で良かった。

斉藤のおかげで、シギを忘れずにいられる。
今はまだ上手く歌えないけれど、記憶の中にある唄を忘れずにいられる。

「………」
人間はこうゆう時、どんな風に気持ちを表現するのだろう。
苦しくて、切なくて、だけど幸せだと感じている、この奇妙な心地。
この痛みにも似た感情に身を委ねて、ゆっくりと目を閉じた。
すべての感覚が すぅっとどこか遠くに馳せていく。

「〜♪」

心地よい唄が流れた。

「!」
浅い眠りを漂っていた斉藤は、突然優しく耳に入ってきた歌声に驚いて目を開けた。
見上げた先にいるボーカロイドが、瞼を閉じて そっと唄を紡いでいた。
それは、彼が深夜一人歌おうと試みて何度も繰り返した、自由になりたいと願う唄だった。

「…〜ッ」
ツンと鼻の奥が沁みる。
歌詞を丁寧に繋ぎ歌うボーカロイドの歌声に、ボロボロと泣きそうだった。

「〜…♪」
ふわりと 羽根が床に舞い落ちるような、柔らかい歌い終わり。
ボーカロイドは目を閉じたまま、一度深く深呼吸をする。
歌えと自分に強く意識したわけではない。誰かに強制されたわけでもない。
自然と、胸の中から溢れてきた唄だった。
こんな心地で歌ったのは、きっと屋敷に買われる前、シギと製造施設にいた頃以来だ。
気持ちを乗せて歌った後は どっと疲れる。けれど その疲れは気持ちが良くて、辛くなんて少しもない。

「………。…ッ!」
バチリ。
しんみりとゆっくり瞼を開けると、膝の上で寝ていたはずの斉藤と目が合った。
斉藤は何故か今にも泣き出しそうな顔をして、微笑んでいた。
「…〜一人だと、上手く歌えない…」
その笑顔に戸惑って、思わず顔を背け そう弁解する。むっとした声色になってしまった。
自分はメインボーカルではなかったから、音質や音量が物足りないのは自覚している。
今の唄だって、ボーカロイドとして人間に聞かせられる出来ではない。
「……そんな事ないですよ」
自分自身を責めるように目を逸らしてしまったアンドロイドに、斉藤は小さく首を横に振った。
手を伸ばして、トキの頬に指先を添える。
そんな風に、自分の唄に悔いて顔を背けるなんて、してほしくない。
戸惑った様子でこちらを見たトキに、斉藤はしっかり頷いて、そっと微笑んだ。

「やっぱり、凄く綺麗だ…」

その言葉に、しばらくきょとんと人間を見下ろしていたボーカロイドは 次第にぎこちなく動揺する。
こんなに真っ直ぐ賞賛されたのは初めてで、どうすればいいのか分からない。
頬に触れる指先が心にくすぐったくて、思わず握りしめる。

「…〜」
困ったように言葉を探すボーカロイドを見て、斉藤は笑った。
指先を握る手は少し震えているように感じる。体温なんて無いはずだけど、とても熱く思える。
戸惑うボーカロイドをよそに、斉藤は今の歌声の余韻に浸って 微笑んだまま目を閉じる。

「俺、絶対トキさんの事幸せにする」

もうごちゃごちゃと悔やんだり悩んだりするのは止めにする。
『直しちゃったもんはしょうがないじゃん!』
このボーカロイドがこうして優しい唄を紡いでくれるのならば、自分は前を向いて彼の手を引いていこう。
どれだけ彼の過去が彼を苦しめても、この手は絶対離さない。
その痛みを、一緒に背負っていこう。

「絶対、ずっと傍にいるよ」

そう、誓った。


■何の取り柄もない、僕にただ一つ、少しだけど出来ること (ハッピーシンセサイザー)

……決してフラグなんかじゃないぞ、いいか、絶対にフラグなんかじゃない。(笑)


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