ある日のことだった。男の人が写真屋に来た。
私の父が経営する小さな、この辺鄙な街では唯一の写真屋だった。その父はもういなくなってしまったし、今では電車一本でそこそこ栄えている街に行けるようになったから、店も父の代で終わりになった。
とにかくその店を父が経営していたころ、私がまだ小さな子供だった頃、その人がやってきた。
白いシャツを着た背の高い男の人だった。当時(かっこいい)などと思った覚えがある。でもなんだか不思議な人だと思ったことも覚えている。特に瞳が。
父はその人を見てものすごく驚いていた。驚いた顔をして、
「あんた……年を取ってない……」
 そんなことを漏らしていた気がする。でもその男の人は首をかしげるみたいなしぐさをして、
「いやですね、そんな訳ないじゃありませんか。……息子です」
 そう言って笑った。父はそれを聞いて、ああ、なんて言っていたが呆然としたままだったと思う。納得なんてしていないように見えた。私はまだ空気を読むということを知らない娘だったので、率直に父に問いかけた。
「なんでそんなにびっくりしてるの?」
 まだ腰を抜かしているのか、父は答えてくれなかった。私はそれが不満だった。やがて男の人が口を開いて、ちょっと聞きたいことがあるんですと言い、そのあとにちらりと私を見た。深い黒色の目に見られていることがなぜだか急に恥ずかしくなって、私は父の後ろに引っ込んだ。父はというと、客が話し出したことでハッとしたように元の調子を取り戻した。男の人は一枚の写真を探しているらしかった。
 男の人の話を聞くと、父は彼を店の入り口にある小さなスペースに通していた。そこは確かお客さんに待ってもらうためにある場所だった。写真を現像するための作業部屋に入ってしまった父を追いかけていくと、作業しながら母と話していた。なんだか声を潜めて話していたのでますます気になり、私は耳を澄ませた。
「まるで年を取ってないみたいだ……瓜二つで……」
「そんなことって……」
「でも本人が……息子だっていうんだから……」
 会話はとぎれとぎれにしか聞こえなかった。私は盗み聞きすることをあきらめ、部屋を出て外に遊びに行こうと思っていた。そして実際外に出ると、その男の人が立っていて私は足を止めた。そういえば入り口近くのスペースに座っていなかった……と思いつつどうしようかと戸惑っていると、彼はこちらを振り返った。
「……娘さんか」
「なにしてるの?」
「風景を見ていただけだ」
 彼は目線を元に戻した。この町に何があるんだろうと思いながら、私も隣で風景を見てみたが、特に何も見つけられない。
「おもしろい?」
 今思えばとてもぶしつけな質問だっただろう。でも彼は特に気にする様子もなく、面白くはないと答えた。それでも風景意を眺め続ける彼に、私はその人が写真を待っていることなど忘れてどこかに遊びに行こうなんて言った気がする。たぶん小さな私は彼にわずかな好意を抱いていたのだと思う。年上のお兄さんお姉さんになつくのと同じだ。でも彼はそれを断った。
「この風景を目に焼き付けてるんだよ」
 その言葉が私には不思議だった。カメラか何かで写真を撮ればいいのに。それかまたここに来ればいい。思ったことをそのまま言うと、
「もう来ないよ」
 と返された。
「もうここには帰らない。今日で最後だ」
 きっぱりとした口調だった。私はとても寂しくなった。同時になぜか怒られたような気分になって、泣きそうになったとき、父が男の人を呼んだ。彼は振り返って戻ると、父の手から封筒を受け取ってお金を払っていた。そして何かを父に向けてしゃべった後、私のほうにやってきて私を見た。私は去ろうとする彼を捕まえて写真を見せてと言った。
 少し困った顔をしたが、彼は封筒から出した写真を私の前に出して見せた。そこには若い女の人と、その人の横に立つ小さな子供が写っていた。男の人は子供を指さして「ぼく」と言い笑った。その写真はモノクロで、ずいぶん昔に撮られたものに見える。でも男の人を見ると、まだとても若かった。
 その疑問を口に出す前に男の人は写真をしまい、じゃあねと言って歩き始めてしまった。私は追いかけてでもその疑問を解決したくなったが父に呼ばれ、そうするわけにはいかなかった。それで終わり。
 なぜその話を思い出したかというと、今日、仕事で出かけた町で彼を見かけた気がしたのだ。あの時と変わらない姿で。あれからもう十年以上は経っている。他人の空似だろうと思いつつも、どうしても気になった。
 ただ、それだけの話だ。

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