『Place to die』


 ――訳して、死に場所。その言葉とともに、砂浜の写真をSNSに投稿した。誰も見ていないであろうSNSに。
 砂浜から海面までのびている、コンクリートでできた桟橋の上に立っている。
 死ぬ――僕は。海に飛び込んで、溺れて、苦しみながら、死ぬつもりなのだ。
 波の音だけしか聞こえない。今にも雨が降り出しそうな曇り空の下、十二月の砂浜には、あたりを見回しても、誰もいない。
 今日は十二月二十四日。クリスマス・イブ。今日ばかりは、街中も盛り上がるなか、この砂浜だけが、なにか、こう、暗闇に包まれているような気がして、死に場所に選んだ。
 波の音が、大きくなってきた。遠くから見ていれば、美しい青色をした波も、ここからでは、砂が混じって、茶色く見える。
 けたたましい音を立てて、引いては押し寄せる波は、僕に恐怖を思い出させ、僕の首を絞めつける。同時に、波に飲み込まれれば、僕の首を完全に絞めきってくれるような気もして、なんだか嬉しい。この波ならば、この海ならば、僕という存在を簡単に絞め殺してくれそうだ。ここを死に場所にすることは――間違っていないようだ。
 海で死ねば、誰にも迷惑は、かけないだろう。



 残された人々は、誰も悪くないんです――一人暮らしをしていたアパートの部屋の、小さな机の上に、そう書かれた書き置き、世間一般でいえば遺書と呼ばれるものを置いてきた。
 僕が悪いのだ、全て。



 立ったまま、目を閉じた。僕の今までの記憶が、ほら、なんていうのだろう。走馬灯のように、とでも言えばいいのか、よみがえってきた。
 五年前、僕はそれなりの大学に入って、大学生活というものを、単位に追われながらも謳歌した。大学生活の後半は、就活にも追われたが、この就職難の時代になんとか、就職先を見つけた。それで、一年前――大手出版社に入社した。
 井の中の蛙、だった。僕は今まで、普通の社会で生きてきたつもりだった。けれど、今までは恵まれ過ぎていたんだとわかった。
 大海を知らなかったのだ、僕は。ちょっと、同期より仕事が上手くできた。そしたら、同期の人間からは嫌味を言われた。上司には、物扱いでこき使われた。すべてを教えてもらえるわけじゃなかった。自分で、やり方を見つけなければならなかった。
 そのうち、上司からはたくさん暴言を吐かれ、同期からは仲間外れにされるようになった。いじめられている。そう確信して、先日、大学時代の友人に相談した。
「あたりまえでしょ、それくらい」
 そう言われた。「この社会、それくらいが普通だよ」とも。
 僕の中で、何かが音を立てて壊れていくのがわかった。今まで、張り詰めていた結界が壊れてしまったような、限界を超えてしまったような気がした。
 昨日、何の相談もなしに、上司に退職願を提出した。突然のことに動揺していた上司を尻目に会社を出て、家に帰り、そして今日。最寄り駅からたまたま来た電車に乗り込んで、この死に場所へやってきた。
 普通の社会に適合できない人間など、必要ないのだ、この世界には。



 目を開けた。目の前には、さっきと同じ海が広がっている。
 そういえば、このへんに、中学時代からの友人が住んでいることを思い出した。これが、僕が思い出す、最後の記憶になるのだろう。
 飛び込むか、そろそろ。飛び込んで、すこし沖のほうに向かって進めば、あっというまに足がつかなくなって、沖のほうへと流されて、溺れて死ぬはずだ。
 桟橋の先端に足のつま先をかけた。さあ、飛び込もう――これで、僕はこの世界から、消え去ることが――。
「死ぬつもりなんだろ、ここで」
 声がした。思わず後ろを振り向くと、中学時代の友人、木高がいた。
「木高……どうして、ここに」
 そう問いかけると、木高は、僕のほうへと歩いてきて、僕の目の前に立った。
「見たんだ、お前の投稿。死に場所、俺の近所だったから、来たんだ」
 SNS、か。誰も見ていないと思っていたのだけど。
「何しに来たんだ」
「止めに来た。お前が死ぬのを、止めに来た」
「何を言ってるんだ。別に俺が死んでも、お前に迷惑は――」
「かかる。俺は、迷惑だ。お前が死んだら」
 僕の言葉をさえぎって、木高は言った。
「嘘だ。普通の社会に適合できない僕みたいな人間は、誰からも必要とされないんだ。いなくなったほうが良いんだ」
「必要だ。俺が必要としている。いなくなってもらっちゃ、困る」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だ」
「嘘じゃない。証拠だってある」
「なんだよ、証拠って」
「これを見ろ。俺がやってる料理店のバイト募集のチラシだ。人手不足なんだ。おまえが、必要だ」
「そんなの、僕じゃなくたって――」
「だめだ。おまえじゃなきゃ、だめなんだ。だから、死んじゃ、だめだ」
「僕の気持ちがわからないくせに。僕の苦しみがわからないくせに」
「受け止めてやる、全部。受け止めてやるよ、全部」
 木高は、そう言うと、腰を落として、両手を大きく広げた。
「来いよ。受け止めてやるから。必要なんだよ、俺には、おまえが」
 不思議だった。不思議と、木高の体へと導かれていった。
 膝から崩れ落ちて、木高の胸に顔をうずめて、泣いた。
 誰かに必要とされていることが、嬉しくて。今までの苦しさだったり、感情があふれ出して。
 泣いた。泣き続けた。木高は、何も言わずに、受け止めてくれた。
「木高……ありがとう」
 泣き止んで、落ち着いた僕は木高にそう言った。
「言葉の力だよ。おまえを救ったのは。受け止める、っていう言葉だよ。それを教えてくれたのは、俺の恩人だ」
 木高は、僕の目を見て、少し笑いながら言った。
「恩人って、誰だよ」
「秘密。お前の知らない人だよ」
 僕はすこしムッとした。それを見て、木高はまた笑っていた。



「帰ろうか、そろそろ」
 木高が、僕の肩をたたいた。
「帰るって、どこに」
「俺の家に泊って行けよ。なんだったら、俺、一人暮らしだし、一緒に住もうぜ」
「木高、それ、本気か」
「本気だよ。言ったじゃないかよ、俺はおまえを必要としている、って」
 嬉しかった。やっぱり。
「家は近くなんだ。店も途中にあるし、行こうぜ」
 そう言って、木高は歩き出した。
 僕も、後に続いて、ゆっくり歩きだす。
 波は相変わらず、引いては押し寄せているようだ。けれど今は――もうこの場所には来るなよ、と言っているような気がする。
 少しだけ、砂浜が、明るく見えた。
 砂浜を出ると、街中ではクリスマスソングが流れていた。
「そういや、今日はクリスマス・イブだったな。うちの店も繁盛するだろうなあ」
「なあ、木高。店の名前はなんていうんだ」
「ああ、店の名前ね。コトノハっていうんだ」
「コトノハ?」
「そう、言葉の力を信じるから、コトノハ」
 少し真剣な顔をして、木高が言った。
 そう言われれば、今日は、言葉に救われた一日だった。
「ほら、ここが、俺がやってる店だ」
 少し古びた建物で、いかにも手作り感満載の看板に『コトノハ』と書かれていた。
 僕は、スマートフォンを取り出して、看板を撮った。


『言葉の力=コトノハ』


 そう文章を添えて、撮った写真をSNSに投稿した。
「おい、なに突っ立てるんだよ、家はこっちだぞ」
 木高の声がした。
「悪い、今行く」
 木高のもとへと、駆け出した。

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