彼女の歌声は聖堂の中に綺麗に響き渡った。天井の高いせいもある。その場所が教会だったこともある。それにしても、彼女の声は美しく反響した。
一曲歌い終えた彼女は、しばらく正面の十字架を見つめていた。そして、くるりと振り返る。
「聞いていたの?」
恥ずかしそうに笑う彼女に、ぼくは頷いて笑みを返した。
「綺麗だったよ」
「ありがとう」
さらりとこぼれた彼女の感謝の言葉は、ぼくの耳へすうっと入ってくる。
ありがとう。
誰にでも言える定型文句なのに、彼女の声に乗ると不思議な響きを持つ。
「何の曲?」
ぼくはいつものように曲名を訊ねた。彼女はすいっと目を逸らす。
「決めてない」
「賛美歌?」
「のつもり」
彼女はたまにここで自作の歌を歌う。それは楽しげな時もあれば、悲しげな時もあった。合唱曲のソロのように美しい高音が映える曲の時もあれば、巷で流行りそうなテンポの良い曲の時もあった。
「そっか」
ぼくは短く返した。静かな聖堂に静かな沈黙が降りる。小さな音さえも出したくないと思うような、そんな沈黙。
聖堂のステンドグラスから日が差してくる。ガラス特有の透き通るような色をした影が、聖堂の床を照らす。
「綺麗」
沈黙の中呟かれた彼女の声は、いくつもの木霊を伴ってりんと響き渡った。
「そうだね」
答えたぼくの声は彼女のそれと違って、全く木霊しなかった。それがぼくの彼女の差のように思えて、ぼくは苦笑する。そして、壁のステンドグラスを見上げる彼女へ目を移した。
彼女の目は色のついた光を受けて輝いていた。彼女の周囲に光の筋が何本も降りていて、天へと上る天使を思わせる。
光をまとった彼女は美しかった。その美しさは、化粧をして手に入るものではなかった。着飾って手に入るものでもなかった。例えるなら、日差し、そして聖堂に響く彼女の声。
これを聖と表現するのかもしれない。汚れなく、素朴で透明なもの。
ふと彼女はぼくへと目を移し、微笑んだ。僕も微笑みを返す。
彼女は再び十字架を振り返り、見つめた。そして唇をそっと動かす。さっきと同じ歌が聖堂の中に木霊し、静かに消えていく。
光の筋が彼女を照らす。透明な歌声は、綺麗な木霊を伴って、聖堂の中に響き渡った。