花火咲く、君の旋律


 この世は音で構成されている。
 音によって、物質にほんの少しの変化を与える。それは小さな灯火をつけたり、そよ風を起こしたり、音の波長によって効果は様々。
 けれどその素質は全くのランダムで、たとえば家系に左右されたり、勉強や努力でその力を得ることは出来ない。
 そして、そんな能力に特に秀でた者達を、人は『音奏者』(おんそうしゃ)と呼ぶ――



 音奏者なんて大嫌い。
 あたしはささやかな星明かりを頼りに、夜の路地裏を走り抜ける。
 いくつもの角を曲がり。うねうねと入り組んだ道をただひたすらに。
 駆ける。駆ける。駆ける。

「はぁ……っ、はぁ……どうしよう……間に合わないかも……」

 だいぶ走って、あたしは立ち止まり息を調えた。肺が酸素を欲しがって悲鳴をあげている。
 流れる汗を拭って辺りを見回す。
 遠くに喧騒を感じる暗い路地裏にあたしはひとり。人っ子ひとりいやしない。
 みんな花火大会に行ってるんだ。

 ――音奏者なんて大嫌い。
 ただ素質に恵まれただけなのに、あんなの単なる特技なのに、さも自分達が偉そうにノーマルを蔑む。ああ、ノーマルって呼び方さえもあいつらから始めたんだっけ。忌ま忌ましい。
 音に愛されなかったからって何なの?
 それでも生活に支障なんてないし世界は変わらないし、何より愛されなくったってあたしは音が好きだ。
 むしろあいつらの方がこの世界にちょっかい出してるんじゃないの。

 あたしは深く深く息を吸って静かに吐き出す。生温い夏の夜風が肺を満たした。
 今夜は特別な花火大会。
 音奏者の力が込められた花火球を打ち上げる。その花火の音が、夏の夜空をほんの少し書き換える。
 それは幻想的に、ときに蠱惑的に、観客を魅了する。
 普段は軋轢がある音奏者とノーマルも、今夜だけはその美しい花の宴に酔いしれるのだ。
 かくいうあたしも、その花火大会に行こうとしてるんだから人のことは言えないけど。
 自嘲気味に笑って、あたしはまた走り出した。
 友達との待ち合わせの時間はとうに過ぎてしまった。
 今年の花火大会は、確かサプライズがあるんだって。なんでも、『とっておき』の花火があるらしい。
 友達はそれをすごく楽しみにしてたけど。きっと今頃は怒ってるかも。ああ……どやされそう。
 そう思って気が重くなりかけたとき、夜空を染める極彩色が花開いた。
 微妙なタイムラグのあとに、空気を震わせる音の塊。
 音が、弾ける。
 弾けた飛沫がまた花を咲かせて、天蓋を色とりどりの花で埋め尽くす。

「――っ」

 あたしは息をのんでその光景に見とれた。見とれて、しまった。
 ああ、悔しい。
 やっぱり綺麗。
 知らずに止めていた足を、再び動かして、あたしは花火大会の会場へと向かう。
 半ば恍惚と、大輪の花に導かれるように。

 あたしには何故足があるんだろう。
 開花の歌を汚すあたしの足音が恨めしい。廃れた壁に反響して空へあがり花に泥を塗る。
 そんなあたしの足音が恨めしい。

 あたしは何故――じゃなかったんだろう。

 悔しさに涙を滲ませて、あたしは先を急いだ。
 物言わぬ路地の迷路を、ゴール目指して走り抜ける。
 その間も、夜空の花は枯れることなく咲き誇っていた。
 もう少し、もう少し。
 薄汚れた壁の終わり、その先に見えたのは、川。花火大会の会場。
 大勢の人の賑わいと、数多の明かりがあたしを出迎える。
 ……はずだった。
 あれ、嘘。
 あたし出るとこ間違えた?
 きょろきょろと周りを見回しても、人影は疎ら。花火もなんだか遠い。
 どうやら明らかに道を間違ったらしい。
 うそー……。
 必死に走ってきたことが無駄に思えて、あたしは肩を落とした。
 花火の光を反射して揺らめく川面だけが、侘しくあたしを出迎える。
 ――いや、川面だけじゃなかった。
 なにあれ。
 なんであんなものここにあるの。
 あたしは目を疑った。
 だって。
 川べりに置かれているのは、……グランドピアノ。
 驚きながらも、あたしはそのピアノへ足を向けていた。
 土手をおりて、まじまじと見つめる。

「……そ、粗大ごみ?」

 にしては、きちんと台が設えてあるし、綺麗だし、椅子まで置いてある。

「――失礼なヤツ。どこが粗大ごみだって?」
「!?」

 突然背後からかかった声に、思わずあたしは凍りついた。

「だ、誰っ!?」

 振り向いた先には……。

「そこ、どけよ。仕事が出来ないだろ」

 いわゆる美少年が降臨なさっていた。
 濡れ羽のような艶のある黒髪に、夜でもわかる白い肌、切れ長の瞳。
 シンプルな黒いスーツに身を包んだその様は、まさしく王子。
 王子はその綺麗な顔に嘲りの色を浮かべた。

「ははーん。おまえ、迷子だろ」
「はぁ!? 違うわよ!」

 道を間違えただけで迷子呼ばわりされては困る。
 反論するあたしの脇をあっさり通り過ぎて、王子は椅子に座った。
 蓋を開けて、白い鍵盤にしなやかな指を落とす。
 ピアニスト?
 花火会場で?
 そのとき、あたしの頭をよぎったのは、友達が教えてくれたこと。
 ――今年の花火大会にはサプライズがある。
 ……まさか、この人が?
 っていうことは、つまり――。

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