大通りの賑わいは歩いても歩いてもその終端を見せなかった。楽しそうに歩く集団の波がそこかしこで寄せては返す。

「お前、祭りで遊んだ事ないの?」
「祭りは客体的に楽しむものだと思ってる」
「これだから……」
「これだから、なんだ。無粋人か? 厭世人か?」

 それとも……と言いかけてやめた。その先が思いつかなかったし、なにより自分で自分をけなすのはとても惨めだった。

「ははっ、自分で悲しくなってやんの」
「黙れ。それから、読心術を使うのはやめろ」

 まず祭りは一人で楽しむものではない。そして祭りのシーズンというものは大概一年のうちの夏に限られている。そして休日に連絡を取り合ってまで会うような仲の知人が出来たのは、ほんの一、二年前の話だ。

「ちょっと望道くん? 柚希を一人にして小径と話してるなんていい度胸してるんじゃないの」

 柚希の手を引いて俺の方にいちゃもんをつけてくる仁岡。いつもの二つ結びは後頭部で一つにまとめられ、花で飾ってある。夏祭り仕様といったところか。

「……悪かったな。じゃ駒浦はお前にやる」
「そういう意味じゃありませんっ!」

 カロン、と下駄を鳴らして仁岡が声を高くする。浴衣の朝顔が紺碧の上に花咲いて鮮やかだ。


 卒業式からあっという間に四ヶ月が経った。どの大学も夏休みに突入し、柚希、駒浦、仁岡は地元に帰ってきた。柚希には一度ゴールデンウィークに会いに行ったが、それでも三ヶ月ぶりという事になる。
 住み慣れた地元に残ることは、思っていた以上に新鮮だった。自動車学校に通い、自動車を日常的に運転するようになった。それに伴って、大学で知り合った友人と車で行ける範囲で出かけるようにもなり、さらに地元の地理に詳しくなった。外へ出かけたりするのがあまり好きではなかったので最初は地元案内もままならなかったが、慣れてくると暇さえあれば若者が遊びにいけそうなスポットを探したり周辺地図を開いて国道を調べたりすることも多くなった。
 いわゆる遠距離恋愛というやつもなんとかやっているわけで、以前の俺が今の俺を見たらきっと驚くんだろうなと苦笑が絶えない。


 ふと柚希の方に目をやれば、彼女はぼうっとある屋台を見つめていた。

「これは……慣性モーメントの原理ね」

 パコンと弾丸が当たってお菓子の箱が台の裏に落ちた。はい、景品ゲットーと言いながら店番の若者が鉄砲と引き換えに子どもにお菓子を渡す。

「まいど〜」

 立ち並ぶ屋台に、去年の夏を思い出していた。一学期末試験の終わった夏休み、あってないような高校三年――受験生の夏休み。あれは、駒浦が企画した小旅行で出会った夏祭りだった。

「柚希、射的やるか?」
「え、でもやった事ないし……」
「できるだろ、原理が分かるんだから」

 百円玉二枚を渡して鉄砲を受け取り、柚希に渡した。困ったようにしばらくそれを眺めた後、柚希は立ち並ぶ景品に視線を注ぐ。駄菓子各種から景品にしては洒落た雑貨が幾つか。

「弾は四発か……四人分持ち帰れるよう頑張るね」

 にっこりと呟いて柚希が鉄砲を構えた。らしくなくがめついな……と俺は苦笑いする。


 柚希はこの夏、成人した。
 成人式に備えて髪の毛を伸ばしている最中なのだと、ゴールデンウィークに会ったとき話していた。
 時々、柚希がどこを歩いているのか分からなくなる時があった。俺のずっと先を行っているようで、俺がどんなに引っ張っても前に進まないこともあった気がする。
 高校でともに時間を過ごし、ともに大学に進学した。そうして二人が離れた今の方がなぜか、あの頃よりも近いところに柚希がいてくれているような気になれる。同じ道を同じ歩調で、隣に立ちながら歩けている気がする。


「まいどー」
「……上手くいかないものね」

 柚希のぼやきに、駒浦が励ました。

「そりゃ、おもちゃの銃だもん。勢いが足りなさすぎたよ」

 小さなぬいぐるみと箱入りの駄菓子を手にして戻ってきた柚希は不満げな表情を浮かべつつも楽しそうだった。仁岡に結ってもらったのだというその長い髪に、会わないうちにまた少し長くなったその髪に、触れたくなる衝動に駆られる。
 最後に変わらないものが残っていれば、変わることは怖くないと教えてくれた。離れているからこそいつも思いやることができると教えてくれた。

「このぬいぐるみは、望道にあげる」

 白くてひょろりとしたぬいぐるみが手渡される。つぶらな瞳が愛らしいけど、控えめに言ってもいい趣味をしているとは思えない代物だ。

「……おばけ?」
「うん、おばけのぬいぐるみ。かわいいでしょ」

 これがかわいいかどうかは少し判断に困るところだ。指でおばけの腹をふにふにと押していると、柚希が手招きしてきた。耳を貸せ、と。

「ちゃんと持っててね? ……いなくても、いるんだから」

 照れくさそうに囁いた、揺れる袖で蝶が舞う。

「……おかえり」

 店の前だということも忘れて柚希を抱き寄せた俺を、駒浦と仁岡はやれやれというふうに見て見ぬ振りをしたらしい。


【了】

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