美しい旋律が聞こえた。
教室で日誌を書いていた私はふと手を止めて顔をあげた。
聞いたことがあるような無いような、ピアノが奏でる旋律は優しげに軟らかく響いていた。

日誌のことなど忘れて教室を出て、音をたどる。大丈夫、提出にはまだ時間がある。
辿り着いた先は、防音使用の出入り口が開け放たれたままの音楽室。

音楽室を覗けばなりやむピアノの音。

しかし、なりやんだのは一瞬でチラリとこちらを見た名も知らない男子生徒はまた演奏を続けた。
そろりそろり、と近づいてみる。間近で見てみたいという欲求が沸き上がってくる。

「見たいなら見ていればいい」

ポツリと音に紛れてしまいそうな声がして、私は男子生徒の隣に恐る恐る立った。
横から見た彼の背筋はすらりと真っ直ぐに伸びていて、さっきのぶっきらぼうな声と比べ物にならないくらい穏やかな旋律が響いていた。

長くて細い指が、白黒の鍵盤の上を軽やかに滑っていく。
綺麗な両手。心の中で呟いてみた。
その両手で造り出すのは人の心を惹き付ける旋律。

両手を握りしめて、考えてみた。

私の両手は、なにを造っている?

気づけば音はなりやんでいて、私の嗚咽だけが響いていた。
この涙は彼の演奏に対するものなのか、それとも…――。
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