今様歌物語
〜ここにいたい〜
前編 03
メンバーが変わっても、サークルの和やかな雰囲気は変わらない。忙しく、興味がこちらに向かない人は自然と来なくなるし、来たくなった人が来たいときに来ればいい。
結局あの後は簡単なサークルの方針を石川さんが説明し、部員全員の連絡先を集めて解散とした。当然、ハヤミシュンはあれから全く姿を見せない。サークルにはもちろん、キャンパスでも一度も見かけない。多彩な学部が集まる総合大学で、学部が違えばそれも仕方のない話なのだろう。
けれど……。
「小説をないがしろにされたことにだってもちろん怒ったさ。でも僕は、きっともっと違うことに腹を立ててるんだと思うんだ」
いつもの喫茶店でココアとコーヒーを一つずつ頼む。一つのお盆からココアのコップを灯火野くんが取り、残ったカップを私が引き寄せる。彼はコーヒーの苦みが苦手なのだ。
サークル内では一瞬の騒動だった。でも私と灯火野くんはしばらく彼について話し合っていた。
「表現の仕方にこだわることは全然悪いことではありません。濃度のことを考えれば、詩歌は小説に劣りません」
小説の自由さは、書き手に技術を求めた。技術を注ぎ込めば注ぎ込むほどに、濃度は薄くなる。例えば、詩が花が赤いことを語ろうとするなら、小説はその花の赤の鮮やかさや眩しさを語ろうとする。言葉はそれゆえに多く複雑に絡み合い、その花それ自身から遠ざかった「花」になりかねない。もしくは、作者の押し付ける「花」をただ読者に与えるだけの行為に留まってしまうかもしれない。それはもはや花そのものでなく、作者の言葉による造花――つまり偽物だ。
灯火野くんがココアを一つすすった。
「それはわかる。ただ、言い捨てるのは反則だ。相手に届くまでが――いや、相手からの反応を感じ取るところまでが文学だ。自分の言葉の正しさを検証しない姿勢は、失格だよ」
灯火野くんの口調は先日のそれよりも穏やかだ。私は(きっと灯火野くんもそう思っているだろうことは分かっていたけれど)口を開いた。
「でも……それは怒りじゃない」
うん、と彼は短くうなる。
「そうなんだよね、彼が文学に相応しかろうがそうでなかろうが、そこに関して僕が怒る義理はない」
残念だとは思ってもね、と笑って付け加えることを忘れない。
可笑しい光景だ――私はふうとカップを吹いてそう思う。私たちは今、一時の感情の原因を何日もかけて読み解こうとしている。怒ったことに理由が欲しいと思っている。無意味な感情をただでよしとしない。
どうして、と言われたらどう答えればいいだろう。言葉にならないのがただ単に据わりが悪いと感じるのかもしれない。
「それにしても……疲れるもんだね、怒る≠チて」
その一瞬を見捨ててしまうことが、何だというのだろう。私たちにとって感情とは一体どういうものなんだろう。
「そりゃあ、沸騰に例えられるくらいですからね。相当のエネルギーを使うものなのでしょう」
熱々だったカップは、きゅっと両手で包んでももう平気なくらいに冷めていた。
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