今様歌物語
〜うまく言えない〜
01
お正月の後に待ち構えていた怒濤の試験日程を乗り越え、僕たちは世間的には一足早く春休みを迎えていた。大学生って休みが多いな、とつくづく実感した一年になったと思う。
「しまった、今日のは完全に俺のミスだ……」
いつ部室に集まって活動するのかは、岡田さんからのメールで知らされる。今日はサークル長の岡田さんの試験最終日ということで、しばらくぶりの活動だ。活動、とは言っても部室に集まってお互いの作品を読み合ったり最近読んだ本の感想を交わしたりするだけで、それは僕らにとって雑談に近い。男子達が最近はまっている漫画を持ち寄ってそれらについて話し合ったり、女の子達が新しく買った洋服や化粧品について触れ合いながら吟味するのと何ら変わりはない。
「寒紅梅厳しさ越えて色づいて冬の終わりを告げる淡紅」
そうのんびりと歌うのは、僕たちの二つ上の先輩、真鍋榛紀さんだ。
「……そうだ、過ぎた試験のことはもう忘れよう。春だそ、春。これからの話でもしようじゃないか」
これからの、話。岡田さんは両手で挟むように頬を叩き、それでテストの事を振り返るのをやめた。
「正月に神前で誓った約束は果たさないと、心残りのあるまま卒業することになるからな」
「この春休みが終われば、灯火野くんも私も先輩になるんですね」
「あー……すっかり忘れてた。先輩かぁ」
僕らが文芸サークルに所属してから早一年が経つ。一番格下だった僕らにも、後輩ができるのだ。
「言ノ葉で積もる粉雪空高く春風吹いて君の心へ
私、これから入ってくる後輩達に対して、どういうことをすればいいのか分かりません」
「特別なことはしなくていいさ。実際俺らはお前らに対して何かやった覚えはないしな」
縁なし眼鏡を中指でクイッとあげて岡田さんは言った。
「そうは言いますけどね……」
僕はその言葉の先を、苦笑で押しとどめた。
そうは言いますけど――岡田さんや榛紀さんが、僕らに何の影響も与えなかったなんて微塵も思ってはいませんよ。先輩方は僕の憧れですから。
……なんて、面と向かって言えない。
「先輩は、後輩に対してけじめというものを示さなきゃだからな」
「作品は、人に見せても恥ずかしくないんだよ、とかね」
「恥ずかしいだなんて、そんなこと思ったこともないですけど……。あ、急に恥ずかしくなってきましたっ」
過去に詠んだ即興歌に思いを巡らせて赤面する陽瑞さんを、二人の先輩がからかう。
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