私は導かれるままに、あるひとつの宝玉を手に取った。
そして今まさに『夢』へと誘われていく……。
──目の前に現れたのは赤い部屋。
木製のテーブルに赤いクロスが敷かれていて、少し豪華に見える椅子が四つ。
しかし、人の気配はまったくない。
この椅子に座るのはどんな人物だろう。
赤い色でコーディネートされた部屋。
それも他の色など全く存在しない、ある意味奇妙な部屋。
何となしに私は四つのうちのひとつに腰掛けてみた。
向かって右奥、座る位置の意味なんて知らずに。
「──さあ、のんびり座っている暇はないぞ。お前の望む夢へと早速案内しようじゃないか」
座ると同時に現れた人影、なんと色は違えど、さっき突然出会ったあの男ではないか!
「おっと、勘違いするな。俺はアイツとは違うからな」
そう、良く見ると髪は漆黒、翡翠の瞳を持つ。
限りなく造形は先程の男だというのに……。
「──赤の宝玉を選んだのなら、ここがどこだかわかるか?」
今まで一言も発していない私に矢継ぎ早に質問する男。
「その前に自己紹介くらいしなさいよ、あなた誰!?」
これは苛立ちが先立って声を荒げてしまった、とすぐ反省する。
相手が見知らぬ者とはいえ失礼な態度だと改めることにしよう。
「そうさなあ…束縛などないここに名前など必要ないが…」
と、男はなおも自分から名乗ろうとしない。
だが、しかし。
「お前が必要なら、メドウと呼んでくれればいい」
さあ、行くぞ…ああ、そうだった。
「ようこそ、赤の夢へ」
浮かべた笑みは何処までも優しくて、そして残酷で。
そう、最初に出会ったあの男と錯覚しそうなほどに。
さて、歩を進めるうちに私にはひとつの疑問が浮かんだ。
「ねえ、あの奇妙な生き物は何?」
目の前に広がる光景があまりにも不思議で問うのだった。
だって、怪物が黒い渦を巻く周辺にいて、何だか食べているようにも見えて。
「あれは獏(バク)。あくまで人間たちの想像の生き物さ」
「あの、悪夢を食べるっていう?」
メドウは頷く。
「じゃあ、あの黒い渦が悪夢なの?」
そう、となおも肯定するのは今回の案内役であるその人であった。
「悪夢あるところに獏ありってな。
お嬢さんも悪夢に捕まりたくなかったら獏の居場所に気をつけることだ」
どんな綺麗な色も最終的には黒く変色してしまう。
だから悪夢ってやつは黒いのさ。
さらに歩を進めると今度は紅蓮の炎に包まれた!
「メドウ!!!どこ??」
突然沸き起こった炎にメドウの姿はかき消されてしまった!
「お嬢さん、今回はほんの小手調べ。本当に望む夢かどうかちゃんと考えてから教えてくれよ」
遠くから声が聞こえる。紛れもなく、メドウの声だとわかるそれが。
「何よ!私が考えなしに選んだって言いたいの?」
あははははは、夢の世界に落とし穴は付き物さ。
ちゃんと考えて進まないと獏に食われちまうぜ。
さあ、一度はアイツのところへお返ししよう、冒険好きなお嬢さん。
また会ったらその時話しの続きをしようじゃないか。
瞬間、強い光に包まれて、目を閉じた。
次に目を開いた時には……目の前には姿は同じでも最初に出会った優しげなあの男がいた。
「いかがでしたか、赤の夢は?」
「メドウって嫌な奴に会ったわ、あの男私のこと馬鹿にして!」
今度会ったら承知しないんだからっ─!!
すると、青銀の髪の『夢売り人』は、いささか困ったような顔をして……
「困ったな、あれも私の一部…なんですけれどね……」
と、一度では聞き取れないほどの小さな声で呟くのだった。