卒業式と手紙
「頑張れよ、どこに行っても」
 昇降口の下駄箱で、カトウ先生と固い握手を交わした。この握手は、うわべだけかもしれないし、僕の奥底に眠る本音かもしれない。自分でも、わからない。
「それじゃあ、ありがとうございました」
 そう言って、僕が昇降口を出ようとした瞬間、カトウ先生とは違う人から、声をかけられた。
「ユキヤくん」
 ナガタ先生だった。大嫌いな。そして、絶対に許すことができない、ナガタ先生。会いたくなかったのに、会ってしまった。
「これからは、やり直すつもりで頑張れよ」
 ナガタ先生は笑顔で、僕に向かって言った。
 その言葉に、違和感を覚えた。なにかが、違う気がした。なにかが、おかしいような気がした。
「それ、違うと思うんですよ」
 立ち向かう、僕は。ひとりでも、立ち向かう。精一杯、声を上げる。
「どういうこと?」
 意表を突かれたのか、動揺気味にナガタ先生が聞いてきた。
「やり直せないんですよ、人は。人生はやり直せないから、みんな背負うんですよ。それまでのことを、全部。僕も背負って生きていくんです。いじめの事実を、教室に通えなかった事実を。それでも、一歩一歩、歩いていくんです」
 ナガタ先生は圧倒されていたようだった。しばらくの沈黙が流れる。
「そう、かもしれないね」
 言葉を絞り出すようにして、ナガタ先生は言った。
「それじゃあ、本当に、ありがとうございました」
 そう言って僕は、昇降口を出た。
 校門へ歩く。僕はひとりで、立ち向かえた。精一杯、声を上げることができた。
 校門をまたぐ。学校の外へと出ると、太陽が輝いていた。



 家に帰ると、サガさんからの手紙が届いていた。待ちに待った手紙だ。
 サガさんの住所が裏に書かれた封筒を開けると、便箋につづられた手紙と、夕日に染まる山の写真、それに時の鐘の写真が入っていた。
『桜谷雪也くんへ
 元気ですか? この手紙が届いたころには、雪也くんも、中学校を卒業してるのかな。僕は、富士山の見える、(同封の写真に写っている山は、富士山です)時の鐘の近くの中学校の図書室で元気に働いています。
 雪也くんと過ごした日々が、今でも思い出されます。とても楽しい毎日でした。前に一度話しましたが、雪也くんとの日々は、担任を持ったかのような気分で、教師になるという夢を、少しの間ながら、叶えることができました。本当にありがとう。
 もしかしたら、僕の異動の理由を雪也くんは、この数カ月の間に知ってしまったかもしれませんね。けれど、気にしないでください。本当に、気にすることはありません。周りに流されることはないのです。雪也くんは、何も悪くないのですから。
 これも前に一度話しましたが、とにかく、一歩ずつでいいのです。時の鐘だって、昔は一打ずつ撞いていましたし、とても大きく見える富士山だって、頂上にたどり着くためには、一歩ずつ登っていくしかないのです。一歩ずつ、一歩ずつ、自分の道を歩いて行ってください。
 最後になるけれど(僕は、手紙を書くのが得意じゃないんだ)三年図書室組(笑)の雪也くんに、ひとつ言葉を伝えて、手紙を締めくくろうと思います。
 ライフ・ゴーズ・オン
 追伸:雪也くんの、春から始まる旅の一歩目に、大いなる祝福を申し上げます。
                                               佐賀大輔』
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -