8.うそつき

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 そのまま街に向かって志摩さんと二人で歩いていく。空気は冷えていても、町並みが春を呼ぶような淡い彩りに包まれている。
 志摩さんが僕に好意を寄せていることは、鈍な僕でも火を見るよりも明らかだった。

『あの……あ、あたしに言われても嬉しくないと思うけどっ……』

 今日からちょうど一ヶ月前の二月十四日、紙袋を両手に教室に入ってきた永田が男子たちから全身にブーイングを浴びた日。実は僕も一つ、洋菓子を貰っていた。

『好き、です……。あたしみたいなので良かったら……その……』

 綺麗にラッピングされていて開けるまでは中身が分からなかったが、甘い香りのする袋だった。それにシンプルな装丁の手帳が添えられていた。潤んだ瞳は今までに見たことがないほどに真剣で真っ直ぐで、僕は少なからず圧倒された。

「あたしが聞きたいことかぁ……うーん」
「可那子さんの気持ちに応えられるなら、僕は嬉しいと思う。わがままでもそうでなくても、なんでも言ってくれて構わないよ」
「えー? なんでも?」
「可那子さんが常識はずれなことを言うとは思わない」

 可那子さんの気持ちはあくまで真っ直ぐだった。真っ直ぐで、分かりやすくて、とても楽だと思った。

『いいよ』
『えっ?』
『あれ、付き合おうっていう話じゃなかったかな』
『そ、そそ、そうなんだけどっ』

「んー、聞いておいて変だけど、今は思いつかないや。ていうか、言葉で聞いて分かるようなことが知りたいんじゃないの」
「言葉で聞いても分からないことが知りたいの?」
「うん、そうそう。極端な話、例えば越路くんが何を好きかはーーどうでもいいっていうと嘘になるけどーーそんなに重要じゃないの。好きなものを目の前にした時にどんな表情でどんなことを語ってくれるのか、そっちの方が知りたいと思うな」

 あたしだけかもしれないけどねっ、と顔の前でまた手をブンブンと振って可那子さんははにかんだ。

「あっ、聞きたいことじゃないんだけど……お願い一個、いい?」

 うつむいた顔の前でもぞもぞ両手の指を合わせながら、小さい声で志摩さんは呟く。

「”越路くん"じゃなくて、その、下の名前で、呼びたい……なーって……」
「いいよ、可那子さん」
「……!」

 表情も瞳もこんなに輝かせて、彼女はどうしてこんな些細なことで喜んでくれるんだろうと考えたら、僕はなぜか過ぎ去ってしまいそうな冬を寂しく思った。

「あ、ありがと! こし、じゃなくてっ。……け、謙太くん!」
「はは、無理して呼ばなくても」
「うう……少しずつ慣れる……」

 冬が去るということは、当然ながら春が来るということ。
 春が来るということは、また一年が頭出しで繰り返されるということなのだ。


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