7.一年生冬

38

 鍋に蓋をしただけなのに、部屋全体が真夜中のように静かになったような感じがした。壁の時計を見れば、まだ午後八時にもなっていない。

「『永田は永田であって、それ以上でも以下でもない』って言ったろ。変な言い方だったけど、変に友達云々言われるよりずっと嬉しかったよ。話して良かったって思った。
 だからお前になんかあったんなら俺は話を聞きたい。興味本位なんかじゃねーぞ?」

「……なんで急にそんなこと言い出す?」

 取り皿の上の豚肉を一旦白飯の上に乗せてから口に運ぶ。柚子の香りがいつものように食欲をかき立ててくれない。

「お前、夏休み明けてから全然笑わねえんだもん」

 箸が止まり、ポン酢の香りを大きく吸い込んでむせかけた。自己分析するまでもない、それは珍しく素直な自分の反応だった。

(敵わないな……)

 僕は意地を張るのを諦める。

「永田、女の人に対してどんなイメージ持ってる?」

 なにをいきなり、と言いかけて永田は少し黙り込んだ。ふつふつと再び煮えてきた鍋に鷲掴みの白菜を放り込みながら口を開く。

「そうだな、めんどくせーって思う」

 あまりに単刀直入な言い方に、僕は面食らう。そんな僕を鼻で笑って永田は話を続けた。

「今したいのは一般的な話なんだろ? じゃあやっぱりめんどくせえよ。RPGの敵がめんどくさいとか、そういう次元のめんどくささじゃない。むしろそれは愛すべきめんどくささだ。
 そうじゃなくて、ゲーム買う前から広告がうざいとか、セールスの店員がうざいとか、そういう感じのめんどくささだな」

 それは、ゲームをさして嗜まない僕にもよく分かるたとえだった。女の人は何事も魅力的にしてしまう力があると思う。きらびやかに着飾ることで、ささいな欠陥は隠されてしまう。

 それは見た目にも、気持ちにも言える事だと僕は思った。

「僕は……好意が怖くて仕方がない」

 好感の持てる言動に隠された本心に、僕は気づけなかった。

「ありがたいとは思う。その人にとって僕という存在が周りに比べて特別に感じられることは、滅多にあることじゃないからね。
 でも、それがいわゆる恋心とかになった途端、大きすぎて重すぎて、怖いんだ」


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