意地とプライドと
次の日、沙織はまだ日が昇りきらないうちに家を出た。というのは、学校まで歩いて一時間以上かかるからである。田舎なのでバスは二時間に一本程しかなく、途中で山越えをしなければならないので自転車だと逆に疲れる。かといって毎日車で送ってもらうわけにもいかないから、結局歩いていくしかないのだった。
その日の一時間目はホームルームだった。三週間後に控えている、学園祭についてだった。沙織たちの学園は一学年一クラスしかないため、一クラスで何個もの出し物をしなければならない。
一応小等部との合同の学園祭なのだが、小等部だってせいぜい簡単な劇や合奏くらいしかできないため、予算の管理や出店、準備、後片付けは全て中学生、それも三年生は受験を控えているため沙織たち二年生が中心となってやらなければいけないのだ。
「ではまず、執行部を決めたいと思います」
クラスが一瞬ざわついた。いくら私立のお嬢様学校といえど田舎の学校のわけだから、本当に裕福な一部の生徒以外は皆家の手伝いなどがあり、なるべく放課後などに残るようなことはしたくないのだ。
「執行部には、委員長、副委員長、小等部との交流委員、会計、書記、広報部長、製作委員長の七名に出てもらいます。ちなみに、委員長と副委員長は宇都野さんが転校してくる前にとったクラスの推薦アンケートで後藤美弥さんと安田万里さんにやってもらうことになりました」
後藤美弥と安田万里はいかにもクラスの中心といった人物で、噂に聞くにどこかの豪邸のお嬢様らしいから、放課後に家を手伝う必要もないのだろう。
その他の委員も順に決まっていきーーとはいえ就任したのは大半が美弥の取り巻きだったがーー残るは広報部長と製作委員長の二つとなった。どちらも執行部の中で一番と言ってもいいほど仕事の多い役ということで、誰もやりたがらないのだったが。
「困ったなあ…誰か暇なひと、やってくれないかなあ」
黒田がそう言ったとき、美弥がいかにもお嬢様のような優雅な笑みで言った。
「私、広島さんを推薦します」
クラスがざわついた。広島カナミという女の子は、クラスの中では少し浮き気味で休み時間も一人でぽつんといることが多い子だった。見た目もおどおどしており、誰から見ても皆を取り仕切る執行部なんかには向いていない。
「ほう、すごいね広島さん。後藤さんからのご指名だ」
黒田がなぜかニヤニヤしながらそう言った。それに便乗してか、美弥も優雅な笑みをさらに深めて言う。
「もちろんやってくれるわよねえ、広島さん?嫌なんて言わないでしょ?」
クラス全体がクスクスと笑う。カナミはおどおどしながら言った。
「で、でも、私…家の手伝いしなきゃ…いけないし…」
「へえ、断わるんだ。家の手伝いをしなきゃいけないのは皆一緒でしょ?せっかくあなたがクラスに馴染めるように声かけてあげてるのに、なんて自己中心的な人かしら」
「ほんと、声かけてあげた美弥が可愛そう」
「こういうのって本当に空気読めないっていうか、感じ悪いよね。これから皆で何かやろうってときにそういう発言するのって、広島さんはさぞかし偉いお人なんでしょうねえ」
「広島さんの頭の中には協調性っていう言葉がないんじゃない?」
皆が次々に言う。
なるほど、これかーーー。
沙織はきのう言われた意味を理解した。
*****
カナミは泣きそうになっていた。黒田はといえばまるで他人事のように窓の外を眺めている。
カナミに決まりかけたとき、沙織はついに耐えきれなくなって立ち上がった。
「皆、どうしてそんな風に言うの」
クラスがシーンとなった。一拍後、皆の呆気にとられたような視線が、まるで氷の刃を喉元に突き付けられたような冷たい視線に変わっていた。それには黒田も加わっていた。
「だ、だって」
沙織は些かたじろぎつつ、なんとか二の句を次ぐ。
「家の手伝いがあって、どうしても残れないっていうなら仕方ないじゃない。それに今のはあなたたちがあることないことでっちあげていただけでしょう?広島さんに協調性がないとか、どうしてたかが執行部を断っただけでそんなことが言えるのよ」
「へえ、そう。たかが、なんだ」
美弥が獲物を見つけた猫のように妖艶に笑った。いや、目は全く笑っておらず、ただ口角を上げた、という感じだった。
「そんな風に言うからには、もちろんあなたがどちらかの委員をやってくれるのよねえ?」
そう言いながら美弥は腕を組んで立ち上がる。
「…え?」
「だってそういうことでしょ?あなたにとって執行部の仕事は『たかが』で済むくらいのものなんだもの。そのくらいへっちゃらよねえ?」
沙織はスカートをきつく握りしめた。整いすぎた顔。自分には誰も逆らえないという絶対自信の笑み。沙織は思わずその頬を張り飛ばしたいという衝動に駆られたが何とか抑え込み、代わりに真っ向から睨み返して言った。
「わかったわ。広報部長は私がやります」
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