PRE:02 約束
雨の日は、まるで自分のいる世界が変わったように思えて嫌いじゃない。
……春の雨は、細い細い糸。手繰り寄せて登ってみたい。
「まーたボケッと窓の外眺めてんの? 篁、おまえも飽きねーな毎日毎日さ」
もはや定位置となりつつある、僕の前の席にどかっと腰をおろして、そいつは投げやりに言ってきた。ちなみにそいつは、その席の住人じゃない。
「……東海林も。毎日毎日、懲りないね」
片肘ついて窓の外を眺めたまま、僕も言葉を返す。
「まーね。俺ってば打たれて伸びる子だから。おまえがどんなに愛想なかろうと問題ナッシン」
――意味不明だ。
この前の始業式の日から、どういうわけなのか東海林は、なにかの義務のように毎日僕に話しかけてくる。その大半はどうでもいいような世間話。……本当に、なにがしたいのか判らない。
「なぁなぁ、俺ら随分仲良くなったんじゃね?」
「……知らない」
「友好の証として名前で呼ばねぇ?」
「嫌だ」
思わず東海林の顔を見て即答してしまった。名前なんて勘弁してほしい。
東海林はくつくつと笑っていて、それがまた気に障る。……このストーカーめ。
「じゃあさ、じゃあさ。次に会ったら俺のこと名前で呼んでくれ」
「………………」
僕は物凄く嫌そうな表情をしてみせるけど、東海林にはまったく通じてないみたいだった。――このバカ。
「約束しろよー。まじで名前で呼べよ?」
……観念して渋々口を開く。決して了承したわけじゃない。
「次って、いつ」
そう訊くと、やけに大人びた表情で東海林は笑った。
「”次”は”次”だよ」
――その言葉の意味が、今なら判る。
”次”に、東海林と会うとき。
少し腹立たしいけれど、僕は約束を守ろうと思う。そのときが、いつになるかは判らないけど。
……せいぜい驚くといいよ。
東海林。
fin...
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