一番近い




『ただいまー。』


誰もいない家に、ただ私の声だけが響く…はずが。










一番近い










「おう、ばるこ。遅かったな。」
『わー!!何であんたがいるんだ!!』



私はつい最近、一人暮しを始めた。
前までは波多野君とこみたいに家族と住んでいたが、そろそろ一人で暮らしてもと思い、マンションを借りたのだ。
初めのうちはなかなか一人も楽しかったが、家族と住んでいたときのような賑やかさもなく、最近少し寂しい。


そんなとき。
帰ってみると、何故か家の中に彼氏である浜岡猛がいた。


「フライング休みだし、ばるこも最近寂しいんじゃねーかと思ってな。」
『ふ、不法侵入!!え、ってゆーか合鍵渡した覚えも無いんだけど!』
「おう、作った。」
『んな勝手に…!!』
「ばるこが一人暮しを始めてはや三ヶ月!そろそろ一人に飽きた頃、ここは俺が慰めてやらねーと。」
『慰めるって…慰めるって…!』
「…体で?」
『…こ、こいつ…!』
「まぁなんだ、よし、飯食いに行くか!」
『わぁ、奢ってくれるの??』
「当たり前だろ。その後でキッチリ奉仕してもらうっつー寸法よ。」
『じゃぁ割り勘で良いよ!ま、割り勘する男はやめとけって麻琴が言ってたけど!』
「お前らどうせ普段からそんな話ばっかしてるだろ。」


何言わしても必ず変態的なこと言う猛だが、何だかんだ言って分別があって、本当は優しい。
だから私も結局、猛の為すがままになるのだが。


『美味しかったねー。次は何処行くー?』
「まだ食うのかよ。」
『違うよ、飲むのっ!ご飯奢ってもらったし、つぎは私が出すよ。ね?』
「そうか?じゃぁこの辺にこ洒落た居酒屋が…」
『ハッ!』
「どうした?」


長年の付き合いだけど、忘れてた!
猛、お酒にちょー弱いんだった!


しかし、そんなことにもお構いなしで猛は既に私の数歩先を歩いている。


「置いていくぞ。」
『ま、待ってー!』





そんなこんなで、居酒屋に着いてしまった。
心配でそわそわする私をよそに、猛は「何にするっかなー」と言いながらメニューを見ている。


なるべく目立たない、端の方の席を選んだのだが、個室ではないので、酔っ払って騒げば一発で周りの視線が集まるはずだ。



「俺は決まったぜ。ばるこは何にする?あ、すいませーん。」


まだ決めてないのに、猛は店員さんを呼んでいた。


『あ、まだなのにっ。猛は何にするの?』
「俺?焼酎だよ。銘柄は…」
『そぅ、じゃぁ水で9割に割ってもらいなよ。』
「いや、薄すぎるだろ!お前も早く決めろよ。」


さすがに水9割はなかったか。
店員さんも、一瞬すごい困った顔をしていた。



『私は梅酒にしよーっと。ソーダ割で!』
「また可愛いぶって。」
『なんでよ!いいでしょー。』



それから、割と早く注文の品は来た。
軽く乾杯を交わすと、勢いよく飲む。



『っぷはー。美味しーっ!!』
「ばるこ…愛してる。」
『や、やっぱり酔ったーーー!っていうか、酔うの早っっ』



そう、猛は一口だけで酔えるのだ。
分かっていながら飲むのが好きな彼は、なかなかチャレンジャーというか、勇気あるなぁと思う。
酔わなくても普段から言いたい放題の猛だが、こういう時は聞いてる方が恥ずかしいほど愛を囁くので要注意である。



「ばるこ、俺は何よりも誰よりも一番お前を愛してる。お前が世界で一番美しいぜ。」
『わ、分かったからね、猛。私もすごく嬉しいけどね、一応ここお店だから、ちょっと静かにしようね。』
「照れるなよ、ばるこ。まぁ、そんなお前も可愛いぜ。ああ、毎晩抱きたい。」
『わぁぁぁ!』


しまった。
突然の抱きたい発言に、つい大きな声で驚いてしまった。
ま、周りのお客さんの目線が…!


「ばるこ…ばるこは俺が嫌いか??」
『そっ、そんなのこと言ってないじゃない…!!』
「俺に愛してるとか言われても嬉しくないか?」
『ちょ、そんな目で見ないでよ…』


涙目ではないが、普段ならば絶対にしそうにない、寂しそうで悲しそうな表情。
そのギャップに初めは少し引いたが、今では私、この表情に私はめっぽう弱いのだ。



『私も猛が大好きよ。』
「ばるこ…」


真っすぐ見つめる猛の瞳は、酔っているからか、とても色っぽい。
とても直視できなくて、思わず目を逸らしてしまう。



「逸らすなよ。」
『っ…』



片手を私の頬に添えて、まだ尚、貫くように私を見つめてくる。
さっきの弱々しい猛はどこへ行ったんだと思わせるくらい、急に積極的に攻めの姿勢になる。



「俺以外、誰も見るな。」
『猛…』
「ばるこ…」




ゆっくりと、猛の顔が近づいてくる―――




って、ちょっと待って!



『だからぁぁぁ!ここお店だって言ってるでしょうがぁぁぁ!!』
「痛ぇッ!!」


すんでのところでハッとした私は、猛の頬をつねる。


さっきから周りの視線を浴びているのは分かっていた。
そして、危うく人前でおおっぴろにキスするところで、さらに人目を感じる。

もうここには居てられない!

あまりのいたたまれなさに、私は席を立つ。


『猛、帰ろ。お勘定済ましてくるから、ちゃんと入口で待っててよ。』
「…おう。」


さっき頬をつねったのが効いたのか、幾分か酔いの覚めた様子で――相変わらず目は熱っぽくて色っぽいが――少し不機嫌そうだ。

さっきから、あまりにも表情がコロコロ変わるので面白くなり、機嫌を取る意味も込めて、『続きは帰ってからね。』と言うと、すぐに満足そうで、かつ下心見え見えの顔をする。

まったく、現金な人だ。




「ばるこ。」
『ん?…!!なっ…!』
「悪ぃ。ちょっと待てなかった。」
『ば、ばかぁっ!道のど真ん中でっ…!!』


道を歩く途中に、突然の触れるだけのキス。

それに驚き、私は猛と少し距離を置く。



「幸い、ここ人通り少ねーし。」
『そういう問題じゃなーい!』
「そうだな、続きは帰ってから、だったな。」
『し、知らないっ!帰ったらお風呂入って歯磨して寝る!』
「すねるなって。それともアレか?一緒に風呂入るか?」
『入らんわ!』




ホント、気まぐれ。


そっぽを向く私を見て、フーッとため息をつき、そして優しく肩を抱く。

そうされると私の機嫌が直るのを、猛はよく知っている。


「俺、酒飲んでからさっきまで、あんまり記憶ないんだよな。」
『イタイくらいの愛の言葉をありがとう。』
「マジかよ。…でもきっと、嘘じゃないぜ。全部、俺の本心だ。」
『嘘で抱きたいとか言われたらショック受けるわよ。』
「え、俺そんなん言ったの?」
『覚えてないの!?』
「……でも大丈夫だ!全くの本心だ!!」
『それも嫌な話ね!?』




大丈夫。

私の肩を抱く、猛のその手から伝わる体温。



あなたは、私の近くにいる。



そう、一番近くに。




++ END ++





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