21 運命

市中の長州勢が一掃された事でやや治安が回復したのか、土方さんから千鶴ちゃんに再度外出の許可が出された。

巡察への同行、という形で父親探しを開始する事になった千鶴ちゃんは、嬉しそうに報告してくれた。

「皆も探してくれてるんだけど、やっぱり嬉しい! 簡単には見付からないだろうけど、頑張るね!」

「本当によかったね! 私も探したいけど顔が分からないから……。その代わり、千鶴ちゃんが巡察に付いて行く時は、

 家事は引き受けるから! 沢山歩くから、私のご飯一杯食べてね? 美味しいの作って待ってる」

「ありがとう、千恵ちゃん。なら私も、千恵ちゃんが出かける時には家事を引き受けるから、ゆっくりしてきてね?

 それにしても、土方さんってすごい人だよね。天王山に向かう途中、風間さんが邪魔しに来たんだけど――」

千鶴ちゃんは、薩摩に属するにも関わらず邪魔しに来た風間が、新選組を馬鹿にして長州の人達を庇ったと話した。

戦いに敗れ自刃する侍を、追う必要があるのか、と。確かに、もう負けが決まった時点で帰る場所もない。

でも、土方さんは、そんな彼らでも戦に向かった以上は最後までこちらも手を緩めないのが武士としての手向けだ、

と譲らなかったそうだ。死に場所を与えてやれ、いや、最後まで戦い抜かせてやる。そんな平行線。

結局は薩摩の人が風間を止めに来たらしいけど……。

そんなに肩入れするなんて、何か恩義でもあるのだろうか? でなければ、人に手を貸す義理はないはずだ。

好きでやってる訳じゃないかもしれない。だって彼らは本当は……。

中立の種族。関わらないという不文律。でもやっぱり、時代が時代だもんね。平成と同じなわけない、か。

もう一度お千と会って、色々教えて貰う必要がありそうだった。こちらの時代の情勢を。人ではないモノの歴史を。



チャンスは意外と早く訪れた。山南さんが、芝居を見に行こうと誘ってくれたのだ。

江戸で好演だった「切られ与三」という世話物が、主役の役者を変えて演じられるらしい。

最近では珍しい山南さんの外出に、近藤さんも喜び、お小遣いをくれた。この年でお小遣いって……ハハハ。

山南さんは屯所近くの呉服屋に入ると、店の者に何やら渡し、私を手招きした。何だろう?

「袴の貴女と行くよりは、と思いましてね。目立つ格好は危険ですので、安物になってしまいますが。

 木綿の着物を一つ用意しましょう。町娘らしい格好の方が、道中も安全です。話はついてますから、奥へ」

「いいんですか?あの……。それじゃあ、お言葉に甘えます」

最近私も、自分の男装はあまり役に立ってないんじゃ? とは思っていた。あまり男らしいとはいえない体格だし。

かといって、持って来た振袖は華やか過ぎて町行く人の目を引き付ける。その危険もなんとなく分かる。

まぁ、年長者の気遣いにここは有難く乗っかろう。千恵は奥の座敷に上がり、用意された縞の着物に着替えた。

さすがに町娘の結い方は分からないので、髪は女性の店員さんに任せた。買ったおまけか、軽く紅も引いてくれた。

うん、なんか……時代にも自分にもしっくりくる。茜と海老茶と焦げ茶の縞の着物に、黒い半襟。

フフフ時代劇みたい。姿見の前でクルリと回り、出来栄えを楽しんだ。店員さんも褒めてくれた。

「いいですね、よく似合います。それじゃあ行きましょうか」

自分の着物を預け山南さんと店を出ると、通りを行く人に見られている気がして不安になった。

「あの……目立たないはずなのに、目線が気になるんです。……なんででしょう?」

「ああ、……そうですね。ええ、地味な物を選んだんですが、着る人が良すぎましたね。

 月宮君の器量に、つい目が行くんでしょう。紅を差すと一層際立ちますからね」

「へ? あ……えっと……ええっ!? まさか、お世辞にしても過ぎます」

いや、本当に綺麗なんですけどねぇ。自覚がないのも罪かもしれない。山南は苦笑しながら見下ろした。

細かな事に目の届く山南には、彼女の変化が手に取るように分かった。この子は……恋をしている。

相手は恐らく斎藤君。まだ誰も気付いていないようですが……応援、するべきでしょうか?

負傷した山南を慰めるとか同情して、とかではなく、純粋に趣味の合う者としてよく部屋に来る千恵。

その度に本を貸し、話をするうちに……彼女の人柄に惹かれた。明るい笑顔に癒された。

それを恋だと自覚したのは、禁門の変から帰還した彼女の姿を見た時だ。思った以上の安堵感。

自分でも気付かぬほどかなり心配していたようだった。返された脇差に添えられた、「ただいま」と書かれた紙。

その文字を見て温かい気持ちになると同時に、不相応な思いに気付いた。ああ、やられましたね。

一回りも年下の、まだ十代の女性に想いを寄せるなんて、自分でも信じられない。

この想いは……伝えていいものではない。年長者の手練手管で落としていい女性でもない。

久しぶりに味わえるときめきを楽しんだら、後は彼女の幸せを祈りましょう。笑顔を好きになったんですから。

ですが……斎藤君とはまた困った相手を選んだものですね。山南は小さく溜息を付いた。

一番真面目で誠実で、一見夫向きだが、一番その対極に生きている。新選組の命令に従い、刀に命を賭けて。

副長に心酔するあまり、自分の若さを忘れているというか……考えをぶつけない。

それは幹部としてとても有難い資質だが、女性の好く相手としてはかなり問題がある。

原田や藤堂なら、まだ新選組を抜けて彼女と添い遂げる可能性はあるのだが……彼はどこまでも

土方について行きそうだ。たとえ千恵の想いが通じても。応援すべきか、否か。

自分の気持ちは置いて、千恵の幸せを願おう。山南は、それだけを決め、芝居小屋へと入って行った。



千恵は、「死んだはずだよお富さん〜♪」の原作をまさか本当の幕末で見られるとは思わず、芝居を存分に楽しんだ。

と同時に、気配を探るのも忘れない。こういった芝居小屋には、太夫がよく見に来る。

いつの時代も、本物の情報はこういった女性が持っているものだ。そしてその中には一人くらいはいるのだ。

諜報員として、女性の同胞が。

……いた。お千ほど強くはないが、間違いない同胞の気配。白粉の香り、艶のある笑い声。

千恵は幕が下りて小屋を出る時、そっと女性に近づき袖から文を差し入れた。

ほんの一瞬目が合うと、その女性は僅かに頷き再び自分の上客に腕を絡めた。

ありがとう、宜しくお願いします。

心の中で頭を下げ、山南に付いて明るい空の下へ出た。晴れ渡った空は青く、空気は澄み、秋が近いと感じた。



隠して渡した文への返事は早かった。お千ちゃんが屯所の玄関に来たのだ。堂々と、昼間に。

客間では緊張するだろう、茶店で話してくるといい、と井上さんが送り出してくれたので、近くの甘味処に行った。

「ごめんなさいね、ずっと連絡しなくって。実は……月宮家って、十年ほど前に里を焼かれたのよ。

 生き残りの方が北の方にいるってとこまでは分かったんだけど。本家はちょっと望み薄かも。

 でも貴女が未来から来たって事は、きっと復興するか存続するのよね? まぁ、探してみるから期待せず待ってて」

「そうだったの……こっちこそごめんなさい。まだこの時代なら栄えてるかと思ってた。

 焼かれた話は聞いた事があったんだけど、時期まではっきり覚えてた訳じゃないから。

 骨を折ってくれてありがとうね! あと、ちょと聞きたい事があるの。この時代の……同胞の情勢」

「誰かに会ったの? 何か、された?」

「風間と天霧って人には会った。あと、会ってないけど不知火って人も知ってる。薩摩と長州、でしょ?

 どうして人に手を貸してるの? なぜ人に手を出すの? 私の時代では、人の政治に関わらないの、絶対。

 それに、人に刀を向けるなんて……私達の矜持に反してる…………何故?」

お千は、しばらく思案した後、ゆっくりと語りだした。人の歴史に巻き込まれた、悲しい経緯を。

千恵の予想通り、風間達は薩摩の庇護を受けた祖先の恩義を返す為、やむなく手を貸していた。

祖先が交わした約束を果たす為。そして、これが済めば縁を切る、という薩摩側の約束を信じて。

不知火は藩ではなく、個人で交わした約束の下に動いているらしい。人間の親友がいる、との事。

「うちは朝廷の庇護を受けているから、西にも東にも顔が利くし、力もあるの。だから、来てもいいのよ?」

「ありがとう、でも……新選組が好きなの。皆優しくて強くて、とても温かいから。

 歴史なんて大きな流れは変えられないけど、個人の運命なら少しは変わったりするのかな? どう思う?」

「そうね、貴女が来た時点で、既に何かが変わってるんじゃない? それとも、それも織り込み済みか。

 千恵が来る事が前提で、未来が成り立ってるのかもよ? フフフ、運命の女性、なんちゃって」

「やだ、何それ? いらないよ、そんな肩書き。でも……運命、か。千鶴ちゃんの所に来たのは運命かもね」

「ああ、雪村家の生き残りね。ごめんなさい、調べたの。彼女の生家も、月宮と同時に焼かれたから。

 そうね……運命かも。あの子の家、東の頭領だったの。その直系だから、血が濃い。意味、分かるわよね?」

「っ!! そんな! だって千鶴ちゃんは何にも知らないよ? 自分の一族の事も、自分に課せられた責任も。

 私は……私もあちらでは、親に話が来てたみたい。まだ縁談なんて年じゃなかったから、直接は言われなかったけど。

 お千にも縁談、来てる? もしかして……受けるの? 好きな人とか、いないの?」

お千は、小さく笑んで頷いた。責任はいつか果たす、好きな人はいないし、血を残す役目は分かってる、と。

寂しかった。諦めて欲しくなかった。でも、気持ちは誰よりも分かった。時渡りの数珠を握っていなければ、

私だってそうしていたかもしれない。それが本当に幸せか、分からないけれど。

血の濃いものは、その力を残す為同じく血の濃い同胞と結婚する事が多い。

近親婚を避けるため、出来るだけ出身地の遠い人と。私の家は東京だったが、元はもっと北だった。

風間の名前は……実は知っていた。系譜に名前があったから。でも相手は誰だっただろう?

見たのは子供の時分だったから、あまり覚えていなかった。風間と月宮の誰かが結婚したのか、それとも、

風間の子供とうちの誰かが結婚したのか。それって物凄く大きな違いなんだけど、覚えていないのだから仕方ない。

千鶴ちゃんは、お千の話だと、風間のお相手として今は最有力候補だろう。私の素性は、お千しか知らないし。

なんか、名前がばれたらやばそうな気がする。名乗らなくて正解だったかも。

色々な事が分かり、複雑な気持ちだった。知りたくない事の方が多かったからだろう。

帰り際お千の言ってくれた言葉が耳に残った。

「貴女は自由に生きて? 血に縛られず、好きな人と幸せになって欲しいの。……私の分も」

いいのだろうか、それで? 許されるのだろうか、そんな勝手。でもそれを許可するべき人はもういない。

千恵は、久しぶりに父と母を思い、二人に問いかけたかった。

私……ヒトを選んでもいいの?


笑って許してくれそうな気もするし、困った顔をする気もした。

私の運命の人は、誰ですか?

150年後に手紙をくれた誰かさんなら知っていそうな気がして、心で問いかけた。

勿論、返事はなかった。



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