96 連絡

九月の中頃。九州から戻った伊東は、今度は名古屋へと出立した。

斎藤はこの留守に土方と連絡を取り、深夜に屯所を訪れ、これまでの経過を自身の口から報告した。

土方は話を聞きながらも、斎藤の着物から漂う白粉の香りが気になっていた。

「なるほど、なら薩摩が挙兵を決めたら、何か仕掛けてくるな。ところでお前、揚屋の帰りか?」

「はい、女の所に通うと見せかけ、裏口から抜け出しました。女には金を渡して、部屋に待たせてあります。

 帰りもそこから出た風を装うつもりですが……匂いますか?」

「まあな。流石だ、うまい事を考え付くな。無理にやせ我慢しなくていいぞ? 月宮には内緒にしといてやる」

「いえ、それはっ。どうせなら千恵がいい。戻ったら数日休暇を頂きます」

斎藤の本音ときっぱりとした休暇の請求に、さすがの土方も一瞬唖然としたが。

間者働きで引き離してる負い目もあるし、苦笑して頷いた。だが、もっといい事を思いつく。

「分かった、いや……もう半年か。よし、一度月宮を盆屋に向かわせてやる。

 お前も頑張ってくれてるし、会ってゆっくり話してぇだろ?」

「副長!?…………ご厚意感謝します」

組の経費で妻と逢引など、と少し躊躇ったが、誘惑に勝てなかった。

その正直な反応に、土方の罪悪感もちょっとだけ薄れた。

千鶴に口付けた翌日に月宮を見ると、どうしても自分だけ恋仲の女を側に置いてるのがやましくなる。

堂々と手を出せる関係が羨ましい、と内心思いつつ。さてこれを誰にどう話そうか、と考えを巡らせた。




月宮を一日だけ、監察の外の仕事に使う。土方がそう伝えると、朝餉の手を止めて皆は眉を寄せた。

特に原田は、反対とまでいかなかったが難色を示した。

「そりゃ、監察の活動に女がいりゃ便利なのは重々承知だがよ。外には出さねぇって話じゃなかったか?」

「まぁトシさんの事だから、危険は少ないと判断した上で使うんだろう」

井上はチラリと千恵の方を見やったが、当の本人は特に気にしていないようだった。

土方には何か考えがあるんだろう。なら、任せる事にしよう。井上は、内心嘆息しながらも止めはしなかった。

「ああ、斬った張ったはねぇ。ちょっとした連絡係だ。山崎を護衛に付かせる。月宮、いいか?」

「分かりました、詳細は山崎さんに伝えて下さい。片付けの後で監察方の部屋に伺います。

 原田さん、大丈夫ですよ? 島原の時と違って、普通の着物なら走れますし、懐剣も持って行きますから。

 でも山崎さんだと甘味処には寄ってくれないだろうなぁ。島田さんなら絶対行くのに」

「ハハハ、あの野郎は酒も女もやらねぇが、甘いもんにゃ目がねぇからな!」

江戸で島田と同門だった永倉は、当時を思い出して笑った。

そこから話は広がって、島田の作る善哉は卒倒しそうな程甘い、なんて話題で盛り上がる。

千恵は、誰に何を連絡するんだろう? と訝りながらも、着物が着れるのがちょっと楽しみだった。




着物に着替えて屯所の裏門を出ると、山崎が待っていた。彼も町人の格好をしている。

「今から向かう所には様々な者が出入りするから、警戒は怠らないで欲しい。

 まぁ、その辺りは連絡を取る相手がどうにかしてくれるだろうが。俺は二刻ほど外で待つ」

「二刻も、ですか? 連絡ってそんなに待つんですか? ああ、相手が来る時刻が曖昧なんですね、分かりました」

一人で結論付けた千恵に、山崎は何も言わなかった。いや、この場合言えなかった、が正しいか。

まさか、四半刻では済まないだろうし、かといって半日もあんな場所をウロウロしていられない。

ハァ、帰り道と帰還後の数日は気まずいだろうな。

護衛は任務で、任務は遂行する。だが、この役目を自分に押し付けた副長が、少し恨めしかった。

人気の少ない裏通りに入ると、足を止めて振り向き、に千恵教えた。

「着いた、ここの二階の一番奥だ。まぁゆっくり……話してきてくれ。こちらは気にするな」

「話? 書き留めた方がいいんでしょうか? あ、でも書き残すのは危険ですよね。分かりました、頭に叩き込んできます」

「……ああ、じゃあ後で。」

さて、幾つもの盆屋が並ぶ通りで、出てくるまでどうやって暇を潰そうか?

店の用途も知らずに堂々と一人で暖簾をくぐって行った千恵が見えなくなると、山崎は疲れたように嘆息した。




「お連れ様がお待ちです、どうぞこちらへ」

案内に付いて階段を上がりながら、千恵は緊張した。倒幕の機運が高まる今、連絡は重要だろう。

係の人が襖を開けて下がると、誰がいるんだろうと恐る恐る中へ入っていった。

…………。 …………え?

「は、はじめさん!? なんで? え? 嘘っ!?」

素っ頓狂な声の千恵が見たのは、真面目な顔で茶を飲んで待つ斎藤だった。



「久し振りだな。ククッ、驚いたか? 山崎は知っていたんだ、隠しててすまない。任務だからな」

「や、えっと、それより……いいんですか? だって戻るまでは会えないはずじゃ――」

本当は飛び上がるほど嬉しい。だって、期限も予定も分からないのに、ひたすら待ってるんだから。

けれど、そんな様子で戸惑っている千恵をよそに、斎藤の方はお構いなしで立ち上がり、手を取った。

「そのつもりだったが、実際目の前にいるんだ。俺の顔に慣れるまで待てん。千恵、こっちに」

斎藤が手を引いて入った奥の間。衝立の向こうには布団が敷かれ、昼なのに薄暗いその部屋には窓もない。

ひょっとしてここって……宿屋さんだったの? あれ、でも今昼間だよね? えっっ、まさかここって!?

キョロキョロと室内を見渡す千恵は、いつの間にか自分が布団の上に立っている事に気付き、顔が赤らんだ。

布団の上に胡坐をかいて座った斎藤が、千恵を抱き寄せ膝に座らせる。

ああ、やっぱり。ここ……そういう場所なんだ。

こちらの事は気にするな、と言った山崎の顔が過ぎり、恥ずかしさに居たたまれず斎藤にしがみついた。

途端に大好きな人の香りが鼻腔を刺激して、心臓の鼓動が速まってくる。

逞しい腕の中にスッポリと納まり、固い胸元に顔を摺り寄せると、斎藤の速い鼓動が聞こえた。

ようやく、ああ、本当に今はじめさんの腕の中にいるんだ、と実感が湧いてきて、喜びが奥底から込み上がってくる。

「はじめさん、会いたかった!」

顔を上げると、千恵を覗き込む斎藤の目にも、同じ想いが映し出されている。

斎藤は彼女に顔を寄せながら、手を帯の中に突っ込み、帯紐を外した。

唇が合わさると、甘い震えが走った。





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